ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『沈黙の町で』奥田英朗,朝日文庫,2013,2016――中学時代は自由のないきつい世界 ☆☆☆☆

 久しぶりの奥田英朗氏の作品。本作は新聞連載時から評判を知っていて、いつか読もうと思っている内に時間が経ってしまいました。奥田氏の作品は、ギャグも良いけれど、犯罪小説系でしたら読みたいと思うので、本作のような構成・タッチで、エルロイのような作品を書いて欲しいですね。

 北関東の中学校で、ある男子生徒が放課後、死体となって発見された。部室棟の近くの大木から落ちたらしい。警察を調べると、その生徒はイジメを受けていたことがわかる。警察は、携帯電話の履歴などから、14歳の2名の男子生徒を傷害容疑で逮捕、13歳の2名を児童相談所に収容した。イジメと今回の事故に因果関係はあるのか? 彼ら4名は死んだ少年と一緒にいたのだが、先に学校から帰ってアリバイはないと主張するのだが。

 最初から飛ばしまくりで、久しぶりの一気読みです。それでいながら、各登場人物が丁寧に描かれていて、非常に面白い。中学校の学園をまたがる微妙な力関係、人間関係が記されていて、中学時代とはこのような自由のないきつい世界だった、二度と戻りたくないと体感させてくれます。

 被害者の少年が、いかにもイジメを受けやすい行動をとっていますが、私としては彼の描写が欲しかったなと思います。例えば、クラスメートの普通の女子が、彼の挨拶ができない、お礼ができない、感謝しない、乱暴な口をたたくなどの被害を受けたりするのですが、それではイジメを受けるのも仕方がない、私でもそうするかもしれない、と読者に思わせるのですが、作者はそれにも「理由」があるかのように描写しています。これを示すかどうか、非常に迷ったのでしょうが、私は示さないという選択をしたのは正しいと思うのですが。

沈黙の町で (朝日文庫)

沈黙の町で (朝日文庫)

 

 

『緋色の囁き』綾辻行人,講談社文庫,1993,1997ーー名門女子高の寮の連続殺人事件

 綾辻氏の第4作目の作品(出版リストが出ているあとがきは便利だね)。本書が出版された当時、私は社会派には興味を持っていなかったものの、新本格派には入れ込んでいませんでした。それでも、『館シリーズ』の謎解き派が、本書のような謎解きとは別のミステリを書いたことは知っていました。

 古くからある名門の女子高に、和泉冴子は転校してきた。全寮制で寮に入ったのだが、同室のクラスメートが、寮内の開かずの間で焼死した。自殺とされたが、彼女の生前の様子から冴子にはそう思わなかった。その後、刃物によるクラスメートに対する連続殺人が起こった。いったい誰が犯人なのか?

 「緋色」を冒頭から至るところに挟み込み、それが不気味な雰囲気を形作るとともに、伏線になっています。このような伏線の張り方は、私の好みではないのですが、最後に暴かれたところで、なるほどと思います。最初の殺人は、ひょっとしたらアレかなと思っていたのですが、違いました。謎解き好きに対するうまいミスリードですね。犯人像も、実は最近読んだ海外ミステリと偶然似ていて、おそらくクリスティとは異なる犯人像の作成を目指していたところ、その方向性が同じになったということでしょう。

 一つの殺人事件がを目撃した人物が、それに触発されて、殺人を行うという、第一の事件とそれ以降の事件の犯人がことなるという仕掛け、また、その触発が人間の狂気に呼応した結果であることなどは上手いと思います。この触発シーンは映像化したら非常に盛り上がるでしょうね。

 しかし、この名門の女子高という舞台、女子高生ばかりの登場人物、魔女をモチーフにした話の展開が、どうにもこうにも私には合わなく、前半はちょっと退屈で時間がかかってしまったこと、またあまりにも精神障害に頼ったストーリー展開に共感できないため、☆☆☆★というところです。このような雰囲気が好きな人はたまらないんでしょうね。

 それにしても、綾辻氏の作品を読むたびに、なぜ綾辻氏は名探偵を出さないのですか、という疑問が浮かびます。やはり、リアリティを生じさせるためなのでしょうか。綾辻氏以降の新本格派がすんなりと名探偵を登場させてるんですが……。 

緋色の囁き (講談社文庫)

緋色の囁き (講談社文庫)

 

 

「特集 2016新書大賞」『中央公論 2016年 03 月号』2016

 毎年行われている、新書大賞ですが、すっかり忘れていました。こういうのは、なるべく追っかけておきたいですね。

 まあ毎年書いていることですが、最近の新書は読み応えがあるものがなく、もっとある事柄の基礎文献となるものが欲しいです。昔のリメイクでもいいです。例えば、哲学者シリーズなど、古代から哲学者を一人ひとり紹介してくものなどですね。

 また『現代のエスプリ』がなくなって随分経ちますが、それを引き継げるのは新書だと思うんです。心理系はさまざまな試みがされていて、ネタの宝庫なんですよ。

 それでベスト20から読みたいと思う本はありませんでした。新書の企画の流行が、私の興味とずれているんですかねえ。実際に手に取ってみたら違うのでしょうが。 

中央公論 2016年 03 月号 [雑誌]

中央公論 2016年 03 月号 [雑誌]

 

 

『森を抜ける道』コリン・デクスター、大庭忠男訳、ハヤカワ ポケット ミステリ、1992、1993ーーなぜ失踪した女子学生を探す詩が送られてきたか?

 コリン・デクスターのモース主任警部シリーズ・全13作中に第9作目の作品。残りは少なくなってきました。本作は、英国推理作家協会賞ゴールド・ダカー受賞作ということは、トップの作品ですね。トリックそのものは、そういう作品です。 

 休暇でホテルに滞在していたモース主任警部は、『タイムズ』に警察から、詩の解読への協力を依頼した記事を見かけた。その記事によると、一年前のスウェーデンの女子学生が失踪した事件と関連がある詩が警察に送られてきた。その謎解きのために掲載された詩は、「わたしを見つけて、スウェーデンの娘を」で始まるものだった。事件が気になったモースは捜査を始めるのだが……。 

 最後は二転三転していき、少し意外な結果にもたらすところが、トリックだけに注視すれば、☆☆☆☆というところです。しかし、なんでこんなにわかりづらい文章や構成にするんですかねえ。時系列がバラバラでした。また、詩を公開して、読者からそれぞれ推理を披露するという形ですが、まったく面白いとは思えませんでした。  

森を抜ける道 (ハヤカワ ポケット ミステリ)

森を抜ける道 (ハヤカワ ポケット ミステリ)

 

 

『メタクソ編集王―少年ジャンプと名づけた男』角南攻、竹書房、2014ーー『ヤングジャンプ』の作り方

 『少年ジャンプ』で立ち上げから編集を、『ヤングジャンプ』でも立ち上げから編集し、10年間編集長を担当し、その後、白泉社に移籍し『ヤングアニマル』に携わった名編集者のインタビューによる自叙伝です。これまで、『少年ジャンプ』はどのように編集されていたか、その時の編集長のインタビューによって明かされていますが、本書は『ヤングジャンプ』について書かれている点で画期的です。

 『ヤングジャンプ』は思えば変な雑誌で、マンガ雑誌であればオタクが寄ってくるのに、マンガ好きが好まないマンガが掲載されているのです。それは、私なんかでも立ち読みをするのですが、内容はすっかり忘れてしまうような漫画です。編集者というものはマンガ好きですので、どうしても自分が面白いと思うマンガを掲載したいといって、雑誌はマンガ好きが好むものになりがちなのですが、そうはならなかったことを意味しています(『孔雀退魔行』はオタクに受けていたはずですがね)。それでは誰が読者であったのか? これは、そうとう強い編集方針があったはずです。それを明かしてくれています。 

 『ヤングジャンプ』は『俺の空』『花平バズーカ』(この小池一夫永井豪氏を組み合わせたきっかけも面白い)を創刊から持ってきて、青年に受けるマンガを提示しましたが、中途から、『キャンパスクロッキー』『わたしの沖田くん』『北の土龍』が人気アンケートの上位を独占します。ここで筆者は以下のように述懐します。

俺の空』『花平バズーカ』は「セックスを含む恋愛・暴力・(権力への)闘い」という雑誌スローガン体現している。『キャンパス』も『沖田くん』も暴力や闘いではなく、セックスの衝動はあっても直接描写はなし。

 では、なぜ受けるのか。

『わたしの沖田くん』や、その後の野部作品に顕著な冴えない青年が、強い女友達(強い母、強い女教師)に囲まれ、男の子は「嫌われない工夫」に走るという構図こそ、読者にとって身近なものだったのだ。(162ページより)

 角南氏はこれを受けて、基本方針そのままに時代に合わせれば、大丈夫と確信し、さらにグラビアを強化する方針を打ち出しています。『少年ジャンプ』にグラビアはないけれど、『ヤングジャンプ』に現在も続くグラビアがあるのは、そういうことだったようです。

 それにしても、ミスターヤングジャンプといえる野部利雄氏にもうちょっと触れてほしかった。歴史には残らないけど、偉大なるB級マンガ家なんですから。 

メタクソ編集王 少年ジャンプと名づけた男

メタクソ編集王 少年ジャンプと名づけた男

 

 

『砕け散るところを見せてあげる』竹宮ゆゆこ、新潮文庫nex、2016――少年が少女を助ける物語

 竹宮ゆゆこ氏の新潮文庫2作目の作品。書店で見かけて、帯の文句と推薦文に惹かれて購入しました。「小説の新たな煌めきを示す、記念碑的傑作」と編集者に書かせる作品なのか……と。

 あまりじっくり進む内容ではないので、他の書籍を挟みながら、少しずつ読んでいったのですが、そうしたら最後の仕掛けの意味がまったくわかりませんでした。もう一度最初から大ざっぱに読んでいって、このような仕掛けなのかと予想してから、アマゾンのレビューや感想ブログを読むと、やはりそのとおりでしたが、どうして、こんな仕掛けが必要なのかが理解できません。ひょっとしたら、ダブルミーニングではないかと疑いましたが、そうではありませんでしたし。

 他の方の感想では、『砂糖菓子』に似ているという指摘が多かったのですが、私は読んでいる間中、イジメを受けている女の子を助け出す、無軌道な少年という設定が『私たちの田村くん』のリメイクかなと感じていました。まあキャラクターを少々変えているのですが……。

 おそらくですが、作者は『田村くん』との決定的な差別化を図るために、あの仕掛けを企んだのではないでしょうか。やはり全体としてアンバランスな印象をもちます。難しいところです。 

砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)

砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)

 

 

『35歳からの海外旅行<再>入門』吉田友和,SB新書,2014ーー読ませる売れる文章

 こう仕事で忙しいと、一年ぐらい仕事を休んで、旅行に行きたいという欲望が止まりません。そういう人を読者対象にした新書なんでしょうね。まんまと引っかかってしまいました。

 この著者の作品は何冊めかなんですけど、中身がないけど、読ませる文章ですよね(褒め言葉)。同じ内容を2度3度繰り返すことができる。これはなかなか出来ることじゃない。アメリカのベストセラーになった自己啓発本には必ずある要素です。そういう意味で、売れる文章であるといえます。 

35歳からの海外旅行<再>入門 (SB新書)

35歳からの海外旅行<再>入門 (SB新書)