ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事』ジョルジュ・シムノン,新庄嘉章訳,ハヤカワ・ミステリ 370,1957,1984

 メグレ警部シリーズの「メグレと不愛想な刑事」「児童聖歌隊員の証言」「世界一ねばった客」「誰も哀れな男を殺しはしない」の4つの短編が収録されている短編集。短くて読みやすい。派手なトリックはないものの、ちょっとした意外性はあります。しかし、事件は解決するものの、必ず一部分不明なところが残ります。メグレは、「それはわからない」というのですが、それに対して、どう感じて捉えるかが好みのポイントなのでしょう。

 もしかしたら、今の人にとってはメグレ警部が4大名探偵の一人とされていた時代があったことを知らない人も多いのではないのでしょうか。エラリイ・クイーン、エルキュール・ポアロ、メグレ警部、ヘンリー・メリヴェル卿でしたかねえ。

 そのなかでメグレ警部は、ほかの名探偵ほど残っているとはいえません。これは代表作といえるものがないため、または私的な探偵ではなく公的な警察官であったためだと思います。

メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事 (ハヤカワ・ミステリ 370)

メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事 (ハヤカワ・ミステリ 370)

 

 

『黒い迷宮ールーシー・ブラックマン事件15年目の真実』リチャード・ロイド・パリー,濱野大道訳,早川書房,2011,2015――一種の怒りと恐怖を抱くことができる傑作

 ホステスのイギリスの若い女性を監禁・殺人を行った事件を追ったノンフィクション。ものすごくリーダビリティが高く、描写が理性的で偏ることがなく、一種の怒りと恐怖を抱くことができる傑作。

 ニュースなどで犯人が報道されたが、詳しい説明はなく、どのようにして、犯罪を行ったのか、客観的で事実のみを記し、わかる範囲で誠実に書かれている。

 本書について、どのように語るかは難しい。誰もが平凡に見えるし、平凡に見えない――犯人を除いてだけど。いやその犯人でさえも、もし出自が平凡ならば、平凡な人間だったかもしれない。そのように感じさせるほど、この作者は中立であり、全体像をとらえる(果たして、正しい立ち位置だったのだろうか?)。

 犯人像も、事件そのものの関係性を除けば、サイコミステリの犯人像と一致してしまうかもしれないほど、逆説的にいって平凡であり魅力的かつ恐ろしい。出自からの影響、家族とくに親からの影響、育てられ方など、犯人になっても仕方がない面もあるし、同じ境遇の人はいて、そうならなかった人もいるのだ。

 それでいて、やはり、犯罪を行えるメンタリティと行えないメンタリティに壁を感じる。いや、それを越えるのは、いつの間にか気づかないうちであり、意識せずに怪物になっているのだろうか? そんなふうに感じてしまう。

黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実

黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実

 

 

『七つの会議』池井戸潤,集英社文庫,集英社,2012,2016ーーサラリーマンのジレンマを会議で示す

 池井戸氏の中堅メーカー企業を舞台にしたクライムノベル。でも読んだ後でないとクライムノベルとわからない。最初にソフトカバーで出版されて、書店にたくさん並んでいたとき、タイトルが「会議」だし、半澤直樹シリーズがテレビで視聴率をとっていたから、半澤シリーズのような、ちょっと謎を織り込んだエンタメ小説かと思っていましたよ。そんなふうに判断した人は多かったんでしょうね。だから編集者はカバーにあえてネタバレともいえるクライムノベルと載せた。

 で、半澤シリーズとは少し異なったし、同じように面白かった。短編が8つあって、連作が連なって長編になっているんですけど、第一話が「居眠り八角」ですからね。時代小説のようなタイトルですけど、内容もそんな感じ。

 それぞれの短編の主人公が異なって、第一話が営業課長、第二話がネジを製作する会社の社長、第三話がメーカーに戻りOL、第四話が経理課の課長代理、第五話がカスタマー室の室長、第六話が営業部長、第七話が副社長で、少しずつ犯罪が浮かび上がるという仕組みになっている。

 この仕組みが物凄くうまい。働いたものならば誰もが経験するジレンマを選択していて、それがわかったときは、読者に対して「仕方がないよなあ」と思わせるようになっている。これを読み終わったのちに、いくつか専門書があったので、購入してしまったくらいだ(まだ読んでないけど)。

 人はどのような条件がそろえば、どの程度のレベルだったら、犯罪に手を染めるかを考えると、本書は見事にそれをついているといえるだろう。というわけで、サラリーマンの論理がわかるという意味を含めて、そしてストーリーテリングのうまさに、☆☆☆☆というところである。 

七つの会議 (集英社文庫)

七つの会議 (集英社文庫)

 

 小説の内容とは関係ないけど、八角という名前を聞くと森脇真末味の『緑茶夢』『おんなのこ物語』を思い出す。

『伝える力』池上彰,PHPビジネス新書,2007ーー130刷を超えるベストセラー

 100万部を超えたベストセラーということで購入しました。基本的に勉強になりましたが、ちょっとあっさりし過ぎかな。面白かったのは、目次に「章レベル」があり、そのあとに13.(1)映画や連載記事に学”つかみ方”などと表記されて、それぞれ通しナンバーがついているところ。あと以下の文章ですかね。

 NHKでは、番組の企画を立案する場合、企画書をまとめます。(中略)A4の用紙一枚に書きます。内容は「仮タイトル」「ねらい」「構成要素」「結論」などです。(110ページより)

 著者が原稿を出版社の編集者に渡してからゲラができるまでには、一般的には、数日から二週間ほどかかります。(128ページより)

伝える力 (PHPビジネス新書)

伝える力 (PHPビジネス新書)

 

 

『その雪と血を』 ジョー・ネスボ,鈴木恵訳,ハヤカワ・ミステリ 1912,2015,2016

 昨年に翻訳されて書評で評判が良かった作品。巻末の作品リストによると、この作者は17作品出版しており、そのなかで6作品が翻訳されているのですが、主に集英社文庫だったためか、私は知りませんでした。書評などを読んでも、ピンと引っ掛かるものがなかったのでしょう。今回は、ポケミスでの出版だったということ、年末のベストランキングが良かったため、こうして手に取ることになりました。

 ――この出版社によって、小説や書籍の内容の質に違いがあるのかという課題はいずれ考えたいと思います。大きくて歴史ある出版社だからといって質の高いものになるのか、ということです。

 内容はというと、主人公のオーラヴ・ヨハンセンは殺し屋で、麻薬業者のダニエル・ホフマンに雇われてきた。ある時、オーラヴはホフマンにホフマンの妻コリナ・ホフマンを押し込み強盗に見せかけた殺人するよう依頼した。しかしオーラヴは美しいコリナを見張っているうちに気に入ってしまった。そんななかコリナには定期的に家を訪れる若い男がいた。愛人と判断したオーラヴは、その男を銃で殺害した。その報告をホフマンに電話で報告したところ「俺の息子を殺したのか?」と告白を受けた。ホフマンに命を狙われると思ったオーラヴは失踪を図る。この後、追いかけっこが始まる――。

 ミステリというよりは、サスペンスやスリラー小説で、謎解きの要素はありません。フィルム・ノワールの系風を継いでいます。シンプルで緊密な文体、シンプルなストーリーを読ませる運びではありますが、もうちょっと謎解き的な要素がほしいというとこで、☆☆☆★ですね。ただ短い小説なので、あまり時間がない人は手にとっても良いかなと思います。

 

『佐藤可士和の超整理術』佐藤可士和 ,日経ビジネス人文庫,2007,2011

 どうにもこうにも整理ができなくて、私のデスクは非常に物がごちゃごちゃしていて、少し時間が経ってしまうと、物を探すのに時間がかかってしまう。自分なりに整理していたのですが、なかなかできない。

 そこで自分が考えたのが、すべてをスキャンして、データ化してしまうこと。すぐに検索できるように、ファイル名を工夫すれば、すぐに探すことができる。

 というわけで、整理術を期待して、そういえばベストセラーになったという薄い記憶があったため、購入しました。

 本書は、整理術と言うよりも、編集術に近いような気がします。①状況把握、②視点導入、③課題設定、④問題解決という流れは、編集者が企画を立てる流れと一致していますしね。

 どうでもよいのですが、2、3度、同じペンを持たないように整理すると書かれているのが面白い。デザイナーって同じペンを持っているんでしょうね。1つのペンを使用して作業をして、途中でインクなどがなくなって作業が途切れるのが嫌だかなんだと思いますけど。

佐藤可士和の超整理術 (日経ビジネス人文庫)

佐藤可士和の超整理術 (日経ビジネス人文庫)

 

 

『ぬきさしならない依頼』ロバート・クレイス,高橋恭美子訳,扶桑社ミステリー,1993,1996

  ロスの探偵エルヴィス・コール・シリーズの第4作目の作品。ロバート・B・パーカーの強い影響を受けた、1980年代かと思わせるハードボイルド小説。

 自分の恋人の刑事がイライラして怒りっぽくなっているので、その原因を調べてほしいという女性の依頼人がエルヴィスのところへやって来た。その刑事は「リアクト・チーム」という麻薬や暴力事件を専門にしているチームのメンバーだった。その刑事を調べてみると、どうやらギャングのボスとつながっているらしい。彼らを追跡するのだがエルヴィスは罠にかけられてしまう……。

 著者がB級のハードボイルドミステリのファンで、当時の流行を詰め込んだという感じのストーリー。それが面白いといえば面白い。エルヴィスは正義感があるのかないのかわからないところも好感がもてる。ただ依頼人の依頼をこなしている感じのようにもみえるけど。

 エルヴィスは用心棒役の相棒も連れている。この相棒の存在もパーカーが産んで以来のもので、私にはその魅力がまったく理解不能です。バディ物は楽しいとは想うのですが、こういう役割では単なるバカに見えてしまいます。探偵一人では対処できない事件があり、解決するためには出現したほうがリアリティがあるのですが、それにファンがつくのも、どういう心理でファンになるのか、まったく想像できません。

 最後はドンパチして、派手に終わるのも、その時代らしさがあるのですが、☆☆☆というところ。これでスー・グラフトンはどこが好きになったんだ? グラフトンの作品のほうが知的でしょうが。 

ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール (扶桑社ミステリー)

ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール (扶桑社ミステリー)