ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『消えたい―虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳,筑摩書房,2014ーー被虐待児のうつの援助の必要性

  被虐待児には、受けたもの特有のうつをもつ者がいる。そんな被虐待児の心理的特徴を記した本ですが、はっきりした被虐だけではなく、虐待ともいえない親からの小さな否定的な行為を受けた子どもたちまでも通じる内容となっています。

 例として、発達障害児として疑われた少年をみていくと、本をきちんと読めることなどから発達障害ではなく、被虐によるものであると診断した。しかし医師や保健師などの医療職としては助ける手立てはないけれど、少しだけでも支援していけば、小学5~6年生ごろには、次第に社会的適応を見せていく様が書かれています。そのような少年・少女は非常に多いのではないかと思います。しかし、彼らはそれでも苦しむのですが……。

 私としては、虐待されたり、いじめを受けたことがある人は、うつの可能性があるということをもっとはっきりと示していただきたかったですね。

 

『刑事くずれ』タッカー・コウ,村上博基訳,ハヤカワミステリ1181,1966,1972ーー日本人的なハードボイルドミステリだけど

 D・E・ウェストレイクの別名義で書かれた元刑事のハードボイルドミステリ。あらすじだけ見ますと、仕事でしくじった刑事が良心の呵責を追って塀づくりの仕事をして自らを罰するように暮らしているところへ、その元刑事のキャリアを知った者がトラブルを解決するよう依頼人として現れるという設定が、とても日本人向きなのですが、文庫化されていないように一般に人気がありません。

 ただし、本シリーズを読みたくて、古本屋で探していたのですが、ポケミスが数多く扱っているところでも、まるで抜け落ちているかのように見つかりません。おそらくは、カルト的なファンがついているのではないかと思います。

 さて、これはウェストレイクという作家についていえるのですが、なぜ海外では一般的な作家として人気があるのに、日本ではイマイチ人気がでないのかです。そのような作家は他に、ロス・トーマスがいますね。 

 犯罪組織(シンジケート)のニューヨーク支部長のアーニー・レンベクの愛人のリタ・キャスルが郊外のモーテルで殺されたところを発見された。同時にキャスルの金も奪われたらしい。レンベクは警察の捜査が及ぶ前に、犯人が組織内の6名の一人と思われるため、夫人に知られないため内々で犯人を見つけるよう元刑事のミッチ・トビンに依頼した。リタ・キャスルはアパートに「お別れします。男のなかの男をさがしあてたのであたしい人生をみつけます」とお別れの手紙を置いて、多額の現金をもって逃げたという。トビンは一人一人をあたってみるのだが……。

 伝聞で知る殺人事件という設定はハードボイルド的、容疑者が限られているという点では謎解きミステリ的な感じがします。これがウェストレイクの狙いのようです。伝聞ということは提示された話が信頼できません。そのようななかで、事実を見極めどのような推理を提示するかがポイントになります。

 この時代のハードボイルドミステリの文章は非常に行動を簡潔に記します。したがって一行も飛ばし読みすることができず非常に疲れます(その点チャンドラーがあまり疲れないののは何ででしょう?)。本書の犯人は意外性をもって終わるのですが、どうもイマイチな感じがします。というのは、トビンの設定と犯罪が結びついていないからです。何のための設定なのかが意味をもっていないような気がします。第1作目だからでしょう。それでも、その後のハードボイルドミステリに影響を与えた作品として読み応えがあって☆☆☆★というところです。

刑事くずれ (Hayakawa pocket mystery books)

刑事くずれ (Hayakawa pocket mystery books)

 

 

『人生がときめく片づけの魔法』近藤麻理恵,サンマーク出版,2010ーーミニマリズムへの橋渡し

 ①私は片付けができないので、どのようにしたらよいのか、②なぜ本書がベストセラーになったか、の2つの興味で今更ながら手に取りました。

 まず、驚いたのが、片付けの本にもかかわらず、図や写真がまったくなく、文字しかないこと。これでどうしたベストセラーになったのか。一般実用書で売るには図表はかかせません。ましてや片付けがテーマです。いくらでも可能なはずです。

 読んでみてわかったのは、いまのミニマリズム流行(流行しているのか?)の一端というか、始まりの一つは本書であることです。片付けそのものが人生に影響を与えるという考え方、ときめくモノだけを捨てずに残すという方法が。著者はミニマリストではないと思うのですが、この影響を受けて発展したものがミニマリズムでしょう。なるほど、どのような思想でも流れというものがあることがわかります。

 また筆者のパーソナリティも面白い。幼少期から『ESSE』や『オレンジページ』を愛読していたという経歴には、「ああ、そういう人もいるかもしらない」という驚きと納得をもちました。そしてところどころに、中学生、高校生のころから、日常生活で片付けを考え、失敗してきた思考改善過程を述べているところも、非常に若い著者の主張に説得力を与えます。

 これが私にできるかどうかはわかりませんが、まあ仕事場のデスク回りだけでも実行してみようかなと思います。 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

 

『キングを探せ』法月綸太郎,講談社文庫,2011,2015

 本書はランキングなどで評価を受けた謎解きミステリですが、どうも私には乗ることができませんでした。

 こういっては読者として敗北なんですけど、殺人というものは、ほとんどの人にとって初めてで、その初めてのことを本書のようにやり遂げるのこと、また失敗することは、どうしても現実にフィットしないのです。

 思えば『生首に聞いてみろ』で従来の謎解きミステリを書き上げた後は、それに飽きてしまったかのように、実験的な試みを注入しているような気がします。それが私には受け入れられないのでしょう。 

 ただ、最小限の記述で最大限の効果を上げようしているのは、素晴らしいと思いますし、それでいて習作という感じがします。この後、習作を集大成した大長編が来るのでしょうか?

キングを探せ (講談社文庫)

キングを探せ (講談社文庫)

 

 

『悲しみのイレーヌ』ピエール・ルメートル,橘明美訳,文春文庫,2006,2015――いかにもなミステリオタクのデビュー作

 『その女アレックス』で評判を得たルメートルのデビュー作。『死のドレスを花婿に』が破たんしていたので、もうルメートルは読まなくてよいかなと思っていたら、その後に翻訳されいる作品の評判が良いことから、とりあえず順番に進めるということで手に取りました。

 犯人像が似たものとして、超有名なあの作品とあの作品が思い浮かびます。でも、読者サービスが旺盛で、文体なのか、シーンの切り取り方が上手いのか、キャラクター描写が上手いのか、帯の通り「史上最悪の犯罪計画」と書かれているとおり、よくわからない魅力があるということで、☆☆☆☆というところです。

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

 

 

『ぼくらの仮説が世界をつくる』佐渡島庸平,ダイヤモンド社,2015ーー出版業界の未来と新しい編集者の役割

 作者は『モーニング』で『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』などを担当した編集者で、その彼の編集者論。今の時代には編集者の役割がプロデューサーになったと高らかに宣言しています。その考えはとくに新しいものではありませんが、なかなかできないものです。

 書籍出版の役割は、旧来のものはありますが、著者にとっては名刺になっているものもあり、そのような役割をもつものを考えていくのも一つの方法です。

 でも私としては、書籍の企画を考え、執筆者あるいは編者を探して、原稿を集めて、それが売り物になるような商品にして、流通にのせるだけで精一杯なので、このようなスーパー編集者にはなれないなあ、というのが実感です。

  ただインターネット時代の営業の方法は、やっぱり旧来のものとは異なるんじゃないかとは漠然と考えています。さまざまなタグをつけて、なるべく知ってもらって、リアル書店あるいはネットで購入してもらう。その知ってもらう方法をもっと模索しなくてはならないんですけど、コストがかからないという条件にすると、非常に難しい。広告が通用しないというわけではなく、それプラスアルファが求められるということでしょう。

ぼくらの仮説が世界をつくる

ぼくらの仮説が世界をつくる

 

 

『メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事』ジョルジュ・シムノン,新庄嘉章訳,ハヤカワ・ミステリ 370,1957,1984

 メグレ警部シリーズの「メグレと不愛想な刑事」「児童聖歌隊員の証言」「世界一ねばった客」「誰も哀れな男を殺しはしない」の4つの短編が収録されている短編集。短くて読みやすい。派手なトリックはないものの、ちょっとした意外性はあります。しかし、事件は解決するものの、必ず一部分不明なところが残ります。メグレは、「それはわからない」というのですが、それに対して、どう感じて捉えるかが好みのポイントなのでしょう。

 もしかしたら、今の人にとってはメグレ警部が4大名探偵の一人とされていた時代があったことを知らない人も多いのではないのでしょうか。エラリイ・クイーン、エルキュール・ポアロ、メグレ警部、ヘンリー・メリヴェル卿でしたかねえ。

 そのなかでメグレ警部は、ほかの名探偵ほど残っているとはいえません。これは代表作といえるものがないため、または私的な探偵ではなく公的な警察官であったためだと思います。

メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事 (ハヤカワ・ミステリ 370)

メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事 (ハヤカワ・ミステリ 370)