ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『フリーで働く! と決めたら読む本』中山マコト,日本経済新聞出版社,2012/『フリーで働く前に! 読む本』中山マコト,日本経済新聞出版社,2013――フリーで働くをテーマにした書籍はまだまだニーズがあるのではないか?

 本書を手に取ったのは、漠然とフリーランス編集者になりたいと思っているけれど、フリーになったとしても仕事の依頼が来るという自信がなかったためです。技術・知識的にはニッチなものをもっているのですが、その需要とマーケットは小さいので厳しいのは見えている。

 そのような状態で『フリーで働く! と決めたら読む本』を手に取ったら、奥付に2012年5月発行で8月には8刷と記されています。3カ月で8刷でしたらバカ売れですからね。ニーズがあるということでしょう。

 内容ですが、この作者どこかで聞いたことがあるなあと思っていたら、ずいぶん前に書籍の帯を考える際に参考資料として、『「バカ売れ」キャッチコピーが面白いほど書ける本』を読んだことがありました。まんまと作者の策略に引っ掛かっていたんですねえ。この本はワークブック方式で当時実践しました。書籍の帯にしては変なリードだな、いいんだけどと言われましたね。今はやっぱりオーソドックスな帯がいいなと思って実践していないのですが……。

  でもまあ、本書によって少しはフリーランスになる勇気がでました。第2弾はあまり参考になりませんでしたが。

 類書があるかなあと思って、さんざん探したのですが、教科書・基礎知識系のみしかなくて、意外と書籍ではないんですねえ。まだまだニーズはあると思います。切り口を変えて面白い視点で書籍をつくれば売れるでしょうね。たとえば、事例集で、その事例集でも業種別にする、成功例・失敗例を時系列で示す。またワークブックでこれも業種別、といってもフリーランス・企業者別にする。あとQ&Aでもっと具体的に解説するなどですね。私がフリーになったら、そんな書籍を編集するんだけどなあ。

「バカ売れ」キャッチコピーが面白いほど書ける本

「バカ売れ」キャッチコピーが面白いほど書ける本

 

 

フリーで働く前に! 読む本

フリーで働く前に! 読む本

 

 

フリーで働く!  と決めたら読む本

フリーで働く! と決めたら読む本

 

 

『ヴェネツィアで消えた男』パトリシア・ハイスミス,富永和子訳,扶桑社ミステリー,1967,1997――先読みがことごとく外される

 ハイスミスの長編22作中の11作目の作品。この前作が『殺人者の烙印』、この後作が『変身の恐怖』でハイスミスが絶好調だった頃。といっても、リストを見ても不調だった頃ってないよね。本作もとても1960年代とは思えない現代サスペンスミステリ。先が読めない展開というか先読みがことごとく外される。

 画商のレイ・ギャレットは、自殺した妻のペギーの父であるコールマンと葬儀のあとにローマで会った。すると突然コールマンはレイを拳銃で撃って逃げ去った。幸運にも銃弾は皮膚を少しかすっただけで命に別状はなかった。しかしレイはコールマンを訴える気はないほど心が沈んでいた。ペギーの自殺の原因は本当に検討がつかず、それをコールマンがレイのせいであると納得していなかったからだ。

 レイは翌日気分を良くするためにヴェネチアにいって、それをコールマンの友人のイネズに伝えた。ヴェネチアでレイとコールマンとイネズは会って、コールマンはレイをペギーが手首を切って自殺をしていたにもかかわらず、女と会っていて見殺しにしたと責めた。レイはペギーは絵を描いていなかったが、落ち込んではいなかったと言った。

 さらに別の日に食事で会ってコールマンはレイを責めた。帰りにボートに乗ったところ、コールマンはレイを体当たりしてこぶしで顔面を殴って運河へと突き落として逃げた。コールマンはレイが死んだかもしれないと思った。しかしレイは泳いでぎりぎり生き延びることができた。レイは消えてることでコールマンを監視するように付け回すようになったが……。

 このあらすじを読んだだけでも、レイはコールマンに何度も会うのか不思議に感じるなど、どうしてそのような行動をするのか不可解なことが多くあります。そこを人物描写で納得させてしまうのがハイスミスの腕なのです。話はこのあと、レイがコールマンにしかけたり、コールマンがしかけたり、不思議な展開を味わうということで、☆☆☆★というところです。

 ハイスミスの作品で、河出文庫福武書店などさまざまな文庫で出版されていたため、何を読んでいて何を読んでいないのかわからなくなってきてしまいました。最初から読み直してもいいかもしれません。

ヴェネツィアで消えた男 (扶桑社ミステリー)

ヴェネツィアで消えた男 (扶桑社ミステリー)

 

 

『読者ハ読ムナ(笑)―いかにして藤田和日郎の新人アシスタントは漫画家になったか』藤田和日郎,飯田一史,小学館,2016――むしろ編集者が勉強になるガイドブック

 藤田氏と藤田氏の初代編集者の武者氏による漫画家を目指すアシスタントへのアドバイスをまとめたもの。

 新人賞を受賞した新人漫画家が編集者の紹介で藤田氏のアシスタントになったという設定で、藤田氏は若い漫画家が不足しがちであることをどのように吸収していくか環境の整備を含めて提示していきます。

 さまざまな視点で読むことができます。私としては、編集者のための本として読みました。編集者も新人マンガ家もコミュニケーションをとっていくのですが、それぞれの立場や経験が異なるため、同じ言葉でも受け取り方が異なってしまい、正しく伝わることができないという現象。それを師匠として編集者の言葉を若い漫画家に具体的に解説し指南していく藤田氏がみられます。

 もちろん、どのようにマンガを描いたらよいか、しっかりしたアドバイスもあり、非常に勉強になります。

 しかし若い新人漫画家がコミュニケーション能力が低いのは当たり前なのだから、出版社がコーチングなりカウンセリングなりの研修を受けて、適切なコミュニケーション技術を習得したほうが、解決が早くなるし、効率的になるし、才能を逃すことがなくなるのではないでしょうか。

 

『日本語の作文技術』本多勝一,朝日文庫,1982

 昔、読んだものを改めて読んでみて勉強になりました。読みやすい文章はどういうものか、正しく内容を伝えるにはどのようにしたらよいか、が具体的に書かれています。文章を書く人のとっても、編集者にとっても、気を引き締めなくてはならないことが書かれています。

 例えば「渡辺刑事は血まみれになって逃げだした賊を追いかけた」という例文に対して、文意をはっきりさせるために、読点を入れるのですが、それによって、意味が変わってしまうので注意しなくてはならない、と述べています。

日本語の作文技術 (1982年)

日本語の作文技術 (1982年)

 

 

『完全版水木しげる伝』水木しげる,講談社漫画文庫,2001,2005

 水木しげる先生の自伝。上巻が戦前編、中巻が戦中編、下巻が戦後編となっています。いままで水木先生が描かれたものの寄せ集め的な感じがしますが、こういう一冊にまとまっているのは良いことだなと思います。戦前の境港の様子であるとか、戦争のことであるとか、戦後のマンガ史の一部を垣間見ることができます。

 やっぱり戦中編がもっとも面白いですね。戦争というもの、組織というもののいやらしさがむき出しになっているので。上司が保身にまわって部下が被害にあう例が出てくるのがなんとも……。控えめにいって、一生のうち 一回は必読なのではないでしょうか。

完全版水木しげる伝(下) (講談社漫画文庫)

完全版水木しげる伝(下) (講談社漫画文庫)

 

 

完全版水木しげる伝(中) (講談社漫画文庫)

完全版水木しげる伝(中) (講談社漫画文庫)

 

 

完全版水木しげる伝(上) (講談社漫画文庫)

完全版水木しげる伝(上) (講談社漫画文庫)

 

 

『笑う男』ヘニング・マンケル,柳沢由実子訳,創元推理文庫,1994,2005ーー面白さが高村薫の初期の合田シリーズと似ている

 非常に面白い小説でした。久しぶりです。ネットを中途でやめて続きが気になって読んでしまうなんて。20年以上前の小説とは思えません。とにかくキャラの描写のレベルが高く、コナリーと比べても素晴らしいのですよ。主人公の父とのコミュニケーションや警察組織の上司とのやり取りなど、やり切れなさが本当に読者の心をざらつかせてくれます。

 途中で「これは面白いけど強烈な謎が提示されていないし、謎解き論理もないし、ミステリかな?」と疑問にもっていましたが。

 イースタ警察署の警部のクルト・ヴァランダーに友人の弁護士のステン・トーステンソンがその数週間前に車の運転で道路から逸れて畑の中へ突っ込むという交通事故で死んだ父のグスタフのことを調べてほしいと訪ねてきた。ヴァランダーは断ったが、その数日後、新聞にステンが深夜に弁護士事務所で銃で撃たれて殺された記事が掲載された。ヴァランダーはその犯人を逮捕することを決意し、警察の中でこの二つの事件は関連性があると主張した。捜査では新人の女性刑事のアン=ブリット・フーグルグントと組むことになった。

 そんな折、トーステンソン親子の秘書の家の庭に地雷が仕掛けられて爆発事件が起こった。さらにトーステンソン親子あての「不正をおぼえているぞ」という脅迫状が見つかった。さらにヴァランダーの自動車にも地雷が仕掛けられた。いったい犯人は誰なのか? 脅迫状を出したと思われる男は自殺している。手がかりがないが、グスタフの依頼人を徹底的に調べることから始める。

 それらの状況から、大物実業家が疑わしき人物として浮かび上がってくるのだが、証拠は全く見つからない。ヴァランダーの上司は、大物実業家への捜査を控えるよう仕掛けてくる。ヴァランダーは証拠をつかむべく、大物実業家のもとへ向かうのだが……。

 このキャラクターが心に沁み込んでくるテイストは何かに似ているなあ、と感じてしばらく探っていくと、高村薫の初期の合田シリーズに似ているのではないでしょうか。この主人公の刑事が状況判断とキャリアの中でつかんだ違和感から犯人を特定するところが、実に似ています。普通、このような推定をするとアンフェアな感じがしてつまらないのですが、合田シリーズや本書はそれが全くありません。

 とにかく最初がグタグタしていて読み進めるのが困難なのですが、事件が生じる40ページから、一気にスタートします。そこから最後まで離れるのは困難になります。それでもミステリ的要素が薄いという意味で、☆☆☆☆です。

笑う男 (創元推理文庫)

笑う男 (創元推理文庫)

 

 

『悪意とこだわりの演出術』藤井健太郎,双葉社,2016ーーTBSのヒットバラエティ番組を手掛ける若きディレクターの演出論

 TBSのヒットバラエティ番組を手掛けるディレクターの自らの仕事を振り返るエッセイ集。どのような方法論で「水曜日のダウンタウン」などが制作されているかが語られています。

 藤井氏の手掛ける番組は、本書のタイトル通り、「悪意」を「面白さ」としてとらえることをむき出しにしており、視聴者を選ぶため、それがうまくいかないと視聴率がとれないように思います。これは王道ではなく弱者の戦術なので仕方がない結果なのでしょう。とくにマスメディアであるテレビでは難しいです。ラジオや書籍でしたら機能するのですが。

 しかし、今後、それをもったままヒット作品を作ることを期待しています。そう「お笑いウルトラクイズ」のように。それには同じ考え方をもつ相方が必要な気もします。

 また印象的だったのが経歴。子会社(番組制作会社?)に入社して、TBSのディレクターになるというもの。偶然も必要ですが、さまざまなルートがあるということですね。

悪意とこだわりの演出術

悪意とこだわりの演出術