ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『過去の傷口』スティーヴン・グリーンリーフ,黒原敏行訳,ハヤカワ・ポケット・ミステリ1672,1997,1999

  私立探偵ジョン・タナー・シリーズ全14作中第12作目の作品で最晩年といえます。このシリーズはパズル的なハードボイルドミステリをキープしているので、つまらないということがありません。

 タナーの友人のサンフランシスコ市警の警部補・チャーリー・スリートが裁判中の法廷で、民事訴訟の被告人を射殺したことで逮捕された。友人が殺人を犯したと信じられないタナ―は真相を探る。その裁判は幼児虐待事件で子どもが父親を虐待したと訴えが幼児虐待事件で、その父親を射殺したらしい。タナ―は元弁護士なので、チャーリーに弁護士をつけ、児童虐待事件を調べ、その事件とチャーリーのつながりを明らかにしようとする。

 ポイントは、犯人が分かっていて、その犯人がタナーの親友であること、その理由を探っていくことを目的としていること、刑事の法廷での射殺事件というショッキングな事件であること、その裁判が児童虐待という時代性を感じるものであることなど、さまざまな読み口があります。もしかしたら、チャーリーは人を間違えて射殺してしまったのではないか、など真相はコロコロ転がっていくのですが、確実なことはなかなかわかりませんし、チャーリーの動機なども、まあこうしておけば読者は納得するしかないし無難だなあと思います。

 しかし、最後のタナーの選択は非常に心苦しく、つらく感じます。内容は異なりますが、『もっとも危険なゲーム』を思い出しました。ここだけでも本書は読む価値があります。またここが、ハメットとの違いですね。いうわけで、ストーリーそのものは、まあ普通で、☆☆☆★というところです。

過去の傷口―私立探偵ジョン・タナー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

過去の傷口―私立探偵ジョン・タナー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

『生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史,創出版,2014

 『黒子のバスケ』脅迫事件の犯人の手記。さまざまな意味で興味深い内容となっています。 構成は大きく3つに分けられており、1章が事件の概要で、どのようにして犯行を行ったのかを詳細に語っています。2章が「裁判で明らかにかったこと」として、なぜこのような犯行を行ったか、自らの生い立ちから、心理的な自己分析を行っています。この自己分析が秀逸です。めちゃくちゃ面白く、なるほどと唸らせます。

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

『黒い風に向って歩け』マイクル・コリンズ, 木村 二郎訳,ハヤカワポケットミステリ1433,1971,1984ーー読者サービス満点のハードボイルドミステリ

 隻腕探偵フォーチューン・シリーズの第4作目の作品。このシリーズは、私立探偵小説の王道すぎて、隻腕があまりストーリーに影響を与えていないけれど、非常に歯ごたえがあります。とくに本書は、ストーリー展開が目まぐるしく、それに加えてちょっとしたニヤリとしてしまうシーンがあり、私立探偵小説ファンにとっては満足できるものでありオススメです。

 フォーチューンの依頼人は、ジョン・アンデラという45歳に見えるセールスマンだった。彼はニューヨーク州ドレスデン市の市長の娘・フランチェスカ・クロフォードがマンハッタンの自分のアパートで刺殺されたという新聞の切り抜きを見せた。アンデラは3カ月前から家出をし、偽名を用いていたフランと友人として付き合っていて、その殺人犯を探し出してほしいという依頼だった。そのために2000ドルを提示されたフォーチューンは彼の話は嘘だと思いつつも引き受けた……。

 まずダン・フォーチューンは友人のガッゾー警部補への協力して、モルグに同行して、フランチェスカの殺人現場となったアパートを訪ね、その管理人にフランチェスカの付き合っている男はいたのか聞くと、2人の男がいたと答えた。またフランチェスカが働いていた店に行った。翌日、もう一度アパートに行ってフランチェスカのルームメイトのシーリア・ベイザーにフランチェスカについて聞いたが知らないと言った。フォーチューンはその2人の男は誰だったのか、追求していくと、フランチェスカの思わぬ事実が分かるのだった……。

 怪しげな依頼人、殺人の犯人の捜査という依頼から始まって、フランチェスカという娘はいったいどういう人物だったかを追求していくことで、父親の政治活動に巻き込まれたかもしれないなど判明していきます。警察が知り合いとはいえ私立探偵に情報を提供するなど協力を仰ぐなど本当にあったのか、また偶然が重なって事実が判明するなど不思議でしたが、新しい事実がわかると、さらに新しい謎が提示され、それでもなかなか最後まで真相にたどり着かないスリリングな展開が見られます。

 市長、その後妻、依頼人の双子の娘、金融コンサルタント、実業家、その用心棒、弁護士、インディアンの長老など登場人物が出てきて、ブラック・マウンテン湖の開発とそれを阻止する自然保護運動家、その開発業者と市長との関係、フランチェスカ父親の計画を阻止していたのか、それで殺されたのか、そしてフランチェスカは実の父親がインディアンで彼を捜していたことがわかるなどストーリー展開も読めず盛りだくさんで、☆☆☆★というところです。ちょっとストーリーが分かりずらいということ、あとラストの一人二役の真相をフォーチューンが最後まで分からないことに無理があるのではないかということで点数を下げていますが、いい作品ですよ。あとタイトルが素晴らしい。最後まで読むと、じんわり心に響きます。

『騙されてたまるか―調査報道の裏側』清水潔,新潮新書,2015

 『桶川ストーカー殺人事件―遺言』『殺人犯はそこにいる』の清水潔氏が、自ら行った調査報道について、コンパクトに示した新書。面白かったのが、清水氏が三人称では書けず、一人称でどうにか書けるようになったといっているところ。

騙されてたまるか 調査報道の裏側 (新潮新書)

騙されてたまるか 調査報道の裏側 (新潮新書)

 

『毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術』毎日新聞・校閲グループ 岩佐義樹,ポプラ社,2017

 書店でジャケ買いしてしまった本。最近、校正作業に悩んでいて、つい手に取ってしまいました。正しい文章とはどういうものであるのか、その指針をあらためて示してくれて、とても参考になりました。

毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術

毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術

 

 

『失踪者』シャルロッテ・リンク, 浅井 晶子訳,創元推理文庫,2003,2017ーーリーダビリティあふれるドイツのベストセラー小説

 今年出版された新刊です。しかし原著は2003年なのか、ずいぶん前のようです。ドイツのベストセラー作家で、解説によると日本では宮部みゆきにあたることらしい。

 舞台はイギリスで、幼馴染の結婚式に海外へ渡るために、エレインはヒースロー空港に行ったが天候のために飛行機が飛ばず、たまたま知り合った弁護士の男に自分の家に宿泊しないかと誘われた。その後、エレインは失踪してしまった。事件にもなったが結局見つからないままだった。

 その5年後、その幼馴染のロザンナは、昔の知り合いから、その失踪事件の取材をしないかと依頼された。ロザンナは結婚前はジャーナリストで結婚後、主婦をしていたのだが、夫がロザンナを束縛しすぎて、関係があまりよくなかった。ロザンナはその依頼を引き受けて、イギリスにわたって、その弁護士にあったのだが、とてもエレインの失踪にかかわってる様子はなかった。その弁護士はエレインには恋人がいたと言ったが誰も信用してくれなかったと言った。エレインの失踪には隠れた動機があったのか?

 まずはシンプルで読みやすい。一つ一つのシーンが明確で、場面転換もきちんと一行を空けてくれる。描写も念入りで、少しぐらい読み飛ばしてもストーリーが分からなくなることがありません。謎がきちんと提示されているのですが、サスペンスの要素が強く、ミステリというよりも、ロマンス小説に近いです。キャラクターは類型的ですが、エンディングまでエンターテインメントの定石に則っていて、飽きさせることがありません。

 とはいうものの、主人公が30代の女性であることから、読者もそれを対象にしているようで、勉強になり面白かったのですが、この作家の作品はもう読むことがないよな、と思ったところで☆☆☆★です。 

失踪者〈下〉 (創元推理文庫)

失踪者〈下〉 (創元推理文庫)

 
失踪者〈上〉 (創元推理文庫)

失踪者〈上〉 (創元推理文庫)

 

『静かな炎天』若竹七海,文春文庫,2016――貴重な私立探偵小説

 私立探偵・葉村晶の「青い影」「静かな炎天」「熱海ブライトン・ロック」「副島さんは言っている」「血の凶作」「聖夜プラス1」とタイトルの6つの短編をおさめた短編集。

 私立探偵ミステリは、刑事ものや謎解きなど他のミステリに比べて少なくなってきています。海外ではベテランしか見られません。おそらく売れないのでしょう。また、探偵に殺人事件を絡ませるのは非常に難しく、リアリティがつかめないためなのかもしれません。刑事ものでしたら不自然ではないですからね。

 そんな中、このシリーズは貴重です。私立探偵がいて、依頼人がいて、事件などの意外な展開があり、ちょっとした意外性のあるオチで終わる。これがすべての作品に当てはまるのですから、もう読むしかありません。小品ながら☆☆☆☆とオススメです。

静かな炎天 (文春文庫)

静かな炎天 (文春文庫)