ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『魔女が笑う夜』カーター・ディクスン、斎藤数衛訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1950、1982ーーカーだから許されるトリック

 カーの24作目の作品。探偵ヘンリー・メリヴェール卿(H・M)が登場する第20番目の長編作品。田舎村で起こった無差別中傷手紙事件、それによる自殺、密室人間消失事件を内容としています。

 イギリスの古く伝統のある村で、匿名で無差別に村人の根の葉もない嘘をもとにした出来事、例えば浮気などで中傷する手紙が送られるようになった。大抵の者に複数の手紙、ある者には20通以上届いているらしい。その手紙を苦にして、若い女性が自殺してしまった。その手紙の宛名には「後家より」と書かれてた。その「後家」を探すようHM卿は依頼された。

 この村において、「後家」とは村に黒々とそびえたつ古代の岩石のことで、あざ笑う後家に見えることから称されている。したがって村人にとって、手紙は見張られているような笑われているような精神的な迫害を受けていた。

 その「後家」から、ジョーンという娘に襲う脅迫の手紙が届けられる。HM卿らは、鍵のかかった部屋ジョーンを閉じ込めて、一夜を迎えたのだが、その部屋の中から銃声が3発起こり、ドアをこじ開けて入るとジョーンは後家と対面したが消えてしまった、と言った。

 匿名の適当な内容の手紙バラマキ事件というのが、ある意味今日的な事件のように見えます。また後半のバザーのドタバタ劇も何の意味があるのかは分かりませんが、想像するだけで笑えます。

 まったくの予備知識なしに読んで、最後の解決編でこんなトリックってありか、と唖然としました。カーの名作から駄作まで一様に同じなのですが、この作品ほど、「思いついたとしても、それを小説にするか」と思わせるものはないでしょう。思わず本書を未読でありこれからもずっと未読であろう他の人に、本作品のトリックを話しましたが、やはり笑われてしまいました。というわけで、☆☆☆★というところですが、ミステリ好きにとっては話のネタになるということで☆☆☆☆です。 

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』岡田麿里,文藝春秋,2017

 アニメの脚本家・岡田磨里氏の自伝。不登校の時代から脚本家になるまでの軌跡を記しています。私としては、脚本家になるための一例として、または岡田氏の脚本のもとになるものとして、非常に面白く読めました。

 アニメだけではなく、脚本ありきではなく、監督などのアニメ関係者、スポンサー、原作ありの時はそのファンなどの要望を受け入れて取捨選択して一つの「魅力あるアニメのひな型」を作り上げることが要望されていることであり、それに対処するには非常にストレスがかかる仕事であることがわかります。

 

 

『ルポ 消えた子どもたちー虐待・監禁の深層に迫る』NHKスペシャル「消えた子どもたち」取材班,NHK出版新書,2015

 現代社会において「消える」というのはどういうことか、がわかります。映画の『誰も知らない』を想像していましたが、本書では主に自宅監禁されていた子どもたちのことをルポしています。どのような事例があるのか、件数はどのくらいなのかを示し、NHKのテレビ番組からのスピンオフ作品なので、虐待から救出された子どもに対して、粘り強くインタビューしており、相当なPTSDになっていること、社会復帰には大きな困難さがあることがわかります。本書では、その原因の親に対してインタビューできていないのが残念ですが、その原因は示唆されています。

ルポ 消えた子どもたち 虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書)

ルポ 消えた子どもたち 虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書)

『屍人荘の殺人』今村昌弘,東京創元社,2017ーー今まで読んだことのないミステリ

 「デビュー作にして前代未聞の3冠! 『このミステリーがすごい!2018年版』第1位、『週刊文春』ミステリーベスト第1位、『2018本格ミステリ・ベスト10』第1位」という評価にして、何十万部も売れているベストセラー、そして、ラジオで東京創元社の編集者さんが「売れている理由はわからないけど、今の時代の『十角館』みたいな位置づけなのかなあ、と社内で話している」というようなことを話していて、それで興味をもちました。また先に読んだカミさんの感想を聞くと「…………」と言葉少なになってしまったのもあります。アマゾンの評価もバラバラですしね。

 というわけで読んだのですが、途中までさまざまなトリックや犯人像を推理していたのですが、まったく当たらず。まさか、このようなトリックーー例えばエレベーターの中の殺人のトリックなどは当たりませんでした。犯人のなぜ、この時に殺人を行ったかという設定は上手いと思いました。

 また最初やラストシーンの意味が分からなかったのは、集中して読めなかったためでしょう。しかし、作者の「今まで読んだことのないミステリ」を提示するというのは、果たせてるような気がします。というわけで、☆☆☆★というところです。  

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

『悪いうさぎ』若竹七海,文春文庫,2004ーー私立探偵小説かと思わせた強烈なスリラー

 私立探偵・葉村晶シリーズの第2作目・第1長編。『さよならの手口』『静かな炎天』が明らかに私の好きな海外ミステリの影響を受けていました。

 2004年とずいぶん前の作品で、冒頭の葉村の心理描写がキンジー・ミルホーンの女探偵シリーズに似ています。

 中途は少しキャラクターの区別ができず退屈にでしたが、ラストの展開は、あのシーンでまさかのジェイムズ・マクルーア、ギャビン・ライアル、そしてディック・フランシスまで加わって強烈でした。サイコ的なのも素晴らしい。おそらく、このようなスリラーを意図的に目指していたのでしょう。もう少し謎解きミステリ的な要素が加わったら名作だったのに惜しい。というわけで、☆☆☆☆です。

 それにしても、現在、ギャビン・ライアルとディック・フランシスが忘れ去られているように思います。謎解きでも私立探偵小説でも本格的な冒険小説でもなく、継いでいる作家がいないからでしょうね。 

悪いうさぎ (文春文庫)

悪いうさぎ (文春文庫)

スティーム・ピッグ (1977年) (世界ミステリシリーズ)

スティーム・ピッグ (1977年) (世界ミステリシリーズ)

もっとも危険なゲーム (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

もっとも危険なゲーム (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

『 テヘランからきた男―西田厚聰と東芝壊滅』児玉 博,小学館,2017ーー東芝はなぜ凋落したか

 元東芝社長についてのノンフィクション。新聞か何かの書評で気になって手に取りました。私は企業物や経済物などのビジネス書については、まったくの門外漢なので、東芝はアメリカの原発企業を高値で買い取って大いなる負債を抱えて倒産しそうになったところを半導体部門などを売って、どうにかこらえたというぐらいしか知らず、東芝というのはどういう企業だったのか、大企業の論理はどういうものであるのか、という基本的なところから非常に面白かったです。

 ノートパソコンの第1号が東芝で日本でなくヨーロッパで売れた、それを西田氏の営業の才覚で成し遂げ、30歳過ぎて入社にもかかわらずトップまで昇りつめたというエピソードから、なぜ原子力エネルギーに手を染めたのか、買収したアメリカの企業をコントロールできなかったことから、東芝の凋落の原因の一つであること、また、モノづくりの現場にいる人が社長になることがあることも興味深かったですね。

 ノンフィクションそのものの評価としては、いいのか悪いのか判断できません。一気に最後まで読んでしまったのですから、よいのでしょうね。ただ素材がよかったという気がしますが、それも含めて著者の評価でしょう。 

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅

『爆走社長の天国と地獄―大分トリニータv.s.溝畑宏』木村元彦,小学館新書,2010,2017ーーやはり間違っていたのではないだろうか?

 一言でいえば傑作です。Jリーグに興味をもっている人には必読というか、一気に読まされてしまうだろうと思います。

 読んでいて始終感じたのは、やっぱり溝畑氏のやり方は間違っていたのではないだろうか、という問題というか、違和感です。

 「物事」を成し遂げるために、このようなやり方があるのもわかるし、やってしまうのもわかります。そしてそれを評価する人も、評価しない人も、利用している人も、嫉妬している人もいることがわかります。ネガティブな結果を招く可能性が高いのだから、説明しなかったでしょうか。

 とまあ、いろいろ考えさせるノンフィクションです。