ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさいー人生100年時代の個人M&A入門』 三戸政和、講談社+α新書、2018

 前回までフリーランス関係書3部作のような形で読んでしまいましたが、今回は偶然ですがちょっとしたスピンオフになりました。会社をもつということは、立派なフリーランスの一形態ですよね。

 ちょっと前に、知り合いの印刷会社の社長さんに「印刷業界はやっぱり厳しいんですか」と聞いたところ、「いや、そんなことないですよ。廃業している会社は結構あるのんですが、あれは黒字なんですけど、後継者がいないから潰しているんですね。印刷と言っても紙だけでなくいろんなところに印刷しますからね」と話していましたので、本書の「小さな会社を買う」という発想はまあそうなんだろうなと思って購入しました。

 とはいうものの、本書は私が期待した多くの事例であるとか、中小企業の買収のマニュアルではなく、サラリーマンはイチから起業するのではなく、大企業でマネジメント能力をもっている人は技術などをもっている中小企業のオーナーになったほうが成功する確率は高いし、そういう人が増えている、という内容。そういう意味で私には物足りなかったのですが、続編に期待です。

『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』竹熊健太郎、ダイヤモンド社、2018 ーーフリーランスを一生持続していくということ

 フリーランスを知る本の第3弾です。竹熊氏のフリーランスとしての遍歴と他のフリーランスとしてうまく乗り切ることができている人へのインタビューが紹介されています。なぜ40歳から仕事が減るのかという疑問ですが、まあそのとおりのことが書かれており、厳しいなあという印象です。フリーランスになるのは比較的難しくないが、生涯続けていくのは難しい。

 中川氏がサラリーマンを経験していることを、フリーランスが仕事をとるためのアドバンテージの一つとして挙げていました。企業にはあるコンセンサスがあって、それを知らない人には「そういうものなの?」と意外に感じることがあります。それは企業として、ある落とし所へ向かっていくことであって、それを知らないままフリーランスになると摩訶不思議でしょうね。実際、わたしもそうでした。

 でも大いなる才能を持っている竹熊氏ですらフリーランスは厳しいのか、余裕ではないのか、という嘆息していまいます。

 加えて働くための情報や技術そのものが10年単位で進んで変化していて、企業にいれば企業が働く環境に投資するので、情報や技術を知ることができ、ついていくことができますが、フリーランスになると自らに投資しない限り難しいわけです。

 それに対し、投資をするのではなく、もとから持っている知識や技術を他の分野に転用することが必要であると示しています。それも自己プロデュースをしっかりしなくてはならないし、それに時間がかかりますし(つまりその間収入がない)、非常に難しい。本書の中には、いろいろトライしてみて、偶然そうなったような方もおられます。

 あと若い頃いっしょに仕事をした人が出世して、その紹介で仕事をもらうのが大きいと書かれていますが、それも難しいですよね。うちの会社でもそういう人がいます。他の編集者からは嫌われていて、編集の仕事もできないにもかかわらず、上司の命令で仕事を出さなければならなかったと悲しそうに言っていましたね。

 編集者としては、やりやすいフリーの人は、編集者本人の意向をうまく汲み取ってくれて、そのまま対応してくれて、早い人ですからね。そうなると、年をとると厳しい。最後に一つの形として、起業して社長になる、というのを考えとしてあげていますが、まあそうなんでしょうね。それには才覚、時間、お金、タイミングがないと難しい。

 なお杉森昌武氏がインタビューを受けていますが、昔に『フロムA』の面白いエッセイを書いていた人でこれからノンフィクションの書き手の一人になるのかなと思っていたのですが、『磯野家の謎』の企画・執筆の制作者など編集プロダクションを経営していたことに驚きました。 

『フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法』山田竜也、日本実業出版社、2018

 アマゾン検索で引っかかってタイトルだけで購入。著者はWebマーケティングを専門とする人で、サラリーマンを3年半だけでフリーランスとなっています。内容は著者の経験に基づいたフリーランスの指南書。この経験に基づいたというところがミソで、その点が説得力をもたせています。

 「得意分野は『自分のなかで平均よりも上のこと』でOK」「あなたのスキルでお客様の悩みや課題を解決することが仕事の本質」など、迷うこと、したほうがよいことなど基本的なスタンスから、ギャラの交渉まで書かれています。

 表現の仕方こそ異なりますが、先日の『仕事に能力は関係ない。ー 27歳無職からの大逆転仕事術』の内容と本質的には違いがないような気がします。

 しかし筆者が話したり資料を渡したりしてライターが書き上げたもののようで、内容に深みがないのが玉に瑕です。内容は正しいのだろうけど、否定的なことが書かれていないなど、いまいち表面をなでている感じがします。まあそうしないと出版できるほど文字量がたまらないだろうし、作者が時間がとれないだろうでしょうから、しょうがないか。

フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法

フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法

『仕事に能力は関係ない。ー 27歳無職からの大逆転仕事術』中川淳一郎,KADOKAWA,2016

 著者の経験をもとにして、フリーランスで仕事をとり、どのようにして生きていくかを語ったもので、今の私には非常に面白かったですね。ギャラについて、例えば『〇〇』という雑誌で1ページ編集すると5万円フリーの編集者に示されていて、ライター、イラストレーター、カメラマン、取材協力者の謝礼にどのようにして振り分けるかなど、具体的に示しているのも良かった。

 ただ読んでいる途中から、やっぱり自分にはフリーランスは無理だなあ、このくらいバイタリティがないと生きていけないのだろうなあ、と絶望的な気分になったりします。 

『隣接界』クリストファー・プリースト,古沢嘉通,幹遙子訳,早川書房,2013,2017

 プリーストの新作で昨年評価されたようです。私にとっては『奇術師』『魔法』『双生児』に続く4作目です。集大成的な作品と評価されており、確かに奇術師、双生児が出てくるし、そう言われてみればそうです。しかし話は最後まで謎でした……。 

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

『魔女が笑う夜』カーター・ディクスン、斎藤数衛訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1950、1982ーーカーだから許されるトリック

 カーの24作目の作品。探偵ヘンリー・メリヴェール卿(H・M)が登場する第20番目の長編作品。田舎村で起こった無差別中傷手紙事件、それによる自殺、密室人間消失事件を内容としています。

 イギリスの古く伝統のある村で、匿名で無差別に村人の根の葉もない嘘をもとにした出来事、例えば浮気などで中傷する手紙が送られるようになった。大抵の者に複数の手紙、ある者には20通以上届いているらしい。その手紙を苦にして、若い女性が自殺してしまった。その手紙の宛名には「後家より」と書かれてた。その「後家」を探すようHM卿は依頼された。

 この村において、「後家」とは村に黒々とそびえたつ古代の岩石のことで、あざ笑う後家に見えることから称されている。したがって村人にとって、手紙は見張られているような笑われているような精神的な迫害を受けていた。

 その「後家」から、ジョーンという娘に襲う脅迫の手紙が届けられる。HM卿らは、鍵のかかった部屋ジョーンを閉じ込めて、一夜を迎えたのだが、その部屋の中から銃声が3発起こり、ドアをこじ開けて入るとジョーンは後家と対面したが消えてしまった、と言った。

 匿名の適当な内容の手紙バラマキ事件というのが、ある意味今日的な事件のように見えます。また後半のバザーのドタバタ劇も何の意味があるのかは分かりませんが、想像するだけで笑えます。

 まったくの予備知識なしに読んで、最後の解決編でこんなトリックってありか、と唖然としました。カーの名作から駄作まで一様に同じなのですが、この作品ほど、「思いついたとしても、それを小説にするか」と思わせるものはないでしょう。思わず本書を未読でありこれからもずっと未読であろう他の人に、本作品のトリックを話しましたが、やはり笑われてしまいました。というわけで、☆☆☆★というところですが、ミステリ好きにとっては話のネタになるということで☆☆☆☆です。 

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』岡田麿里,文藝春秋,2017

 アニメの脚本家・岡田磨里氏の自伝。不登校の時代から脚本家になるまでの軌跡を記しています。私としては、脚本家になるための一例として、または岡田氏の脚本のもとになるものとして、非常に面白く読めました。

 アニメだけではなく、脚本ありきではなく、監督などのアニメ関係者、スポンサー、原作ありの時はそのファンなどの要望を受け入れて取捨選択して一つの「魅力あるアニメのひな型」を作り上げることが要望されていることであり、それに対処するには非常にストレスがかかる仕事であることがわかります。