ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『あなたを愛してから』デニス・ルヘイン、加賀山卓朗訳、ハヤカワ・ミステリ1933、2017、2018ーーいわゆるロマンス小説風サスペンスミステリなのだろうか

 ルヘインの新作ですが評判が良いようで、若い女性を主役にしていて、いわゆるロマンス小説風サスペンスミステリなのだろうか。あまりこういうのを読んだことがないからわからん、と思いつつ、『そしてミランダを殺す』と同じ雰囲気をもっている。このようなミステリが流行りなのか。そして何故だかわからないけど、わたしには相性がよくないらしい。

 第1部は失踪を探すストーリーでクックのような感じがして(そういえばクックの新作はもう出ないのだろうか?)、私には良かったのだけど、第2部、第3部となっていくにつれて、2回ほど「えっ? なにこれ?」と驚いたところはあったものの、無理な展開のため、第1部との関係はどうなっているのと思って、すべっているように感じてしまった。だた今どきアメリカで二重生活ができるのかという驚きはあった。というわけで、☆☆☆★というところです。

あなたを愛してから (ハヤカワ・ミステリ1933)

あなたを愛してから (ハヤカワ・ミステリ1933)

『家蝿とカナリア』ヘレン・マクロイ、深町真理子訳、創元推理文庫、1942、2002

 ヘレン・マクロイの全28長編作中、第5作目なので初期の作品。主人公は精神分析学者のベイジル・ウィリング博士。 マクロイはサスペンス作家だと思っていたので、本書の謎解きど真ん中ぶりには驚きました。

  内容はというと、ある演劇劇場の公演中、その登場人物の男が殺されているのを発見された。その男は、セリフのない役でアルコーブのなかで手術で使用されるメスで刺殺されていた。舞台中にアルコーブに入っていったのは3名。その3名のうちの誰が殺したのか? それとも他のものが行ったのか? 舞台に招待されて見ていたベイジル博士は協力者として捜査を始めた。

  舞台の公演中の殺人という一種不可能犯罪を解くわけです。そして探偵はさまざまな推理するための手管を用いて犯人を当てていきます。その回答の導き方が今では当たり前に近くなっていますが、当時ではそれまでにない方法論を用いています。そこが評価されたのでしょう。というわけで、☆☆☆というところです。

家蝿とカナリア (創元推理文庫)

家蝿とカナリア (創元推理文庫)

 

『ソロモンの偽証』宮部みゆき、新潮文庫、2012、2014ーー『アクロイド』の一歩先を進むミステリ

 宮部みゆき氏の文庫にして6冊の長編ミステリ。12月25日の雪あかりの朝、一人の男子中学生の死体が学校で発見された。警察により自殺として処理されたのだが、彼の死は同級生の3名の不良によって学校の屋上から突き落とされて殺されたという告発状が学校、担任の先生、同級生宛に送られてきた。そこから次第に少年の死に不審な噂が広がっていく。そこをマスコミにタレコミがあって中学校自体が混乱に陥っていく。その中ではっきりしないことに傷ついてたクラス長の藤野涼子は学校内裁判をして解決しようと提案し、被告人、判事、検事、弁護人、陪審員を決めて、夏休みに5日間をかけての裁判を行った……。

 あまり内容について知らずにいたので、最初の自殺と思われた事件が殺人事件になるものであると仮定して読んでいました。

 第2部では事件にまつわる捜査を行うのですが、もっとも似ていると思ったのが、『アクロイド殺し』です。『アクロイド』のいちばんのキモでありトリックは、実際の行動を説明しなかったことですが、 本作品において同様のトリックが用いられているのではないかと思い、解説していない空白の場面・時間はいったい何であるのかを注視して読み進めました。本作では、その「空白」はキャラクターの不可解な行動、事実の矛盾点を見つけ出すことで、読者はある程度推理ができる仕掛けになっています。そのようにして読者を引っ張る作品です。

 というわけで、読者をひっぱるということにおいて、難しいことに挑戦しているミステリで、☆☆☆☆というところです。長くなってしまっているのは仕方ないでしょう。 

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第II部 決意 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第II部 決意 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第II部 決意 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第II部 決意 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 下巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

 『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン、務台夏子訳、創元推理文庫、2015、2018ーー殺人は癖になるのか

  書評などで評判がよかったサスペンスミステリ。

 誰もが思う通り、空港で出会った男女がそれぞれ交換殺人を検討するところからはじまるように『見知らぬ乗客』に似ています。

 もう少しキャラクターが立っていればよかったのですけど、でもそうするとリアリティなくなるし広い読者を得られなくなるかもしれないというところで、☆☆☆★です。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)

『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』カラー、東宝、庵野秀明、グラウンドワークス、2016ーー今後エヴァがどう変化するかが愉しみになった

 映画『シン・ゴジラ』のメイキング本。「庵野総監督による企画メモやプロット、脚本(準備稿、決定稿、最終決定稿)、各クリエイターのデザイン画やイメージボード等を網羅して収録、庵野秀明、主要スタッフインタビュー」が収録されています。高価格ですが、内容、ボリューム、造本などコストを考えれば妥当あるいは低価格だと思います。

 とくに興味深いのが庵野氏のインタビューでシナリオが決定稿に至るまでのプロセスを詳しく述べています。八稿まであるのですが、それぞれの段階でどのように変化していくかがわかります。たとえば中途でここらでプロの脚本家に任せたほうがよいと判断して東宝が依頼したのですが、戻ってきたものをみて自分が監督をする必要はないと監督を降りると判断したりしています。そこで元の企画内容に戻すべく脚本を修正しています。

 また、主な登場人物が政治家や官僚でしたが、元の脚本では全く政治家や官僚らしくない行動・セリフだったらしく、庵野氏は政治家・官僚たちの行動原理がわかっていなかったというようなことを述べており、かなり決定稿まで近いところまでいっていながら、インタビューや脚本チェックをしてもらって、違和感のないところまで仕上げたようです。今後、新しいエヴァの内容も変化するのではと思いましたね。

 とにかく、モノを作り上げるということは、とくに「集団」で作り上げるためにはどのようなプロセスをたどるのかがよくわかります。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

『天使と罪の街』マイクル・コナリー、古沢嘉通、講談社文庫、2004、2006ーー連続殺人、暗号、捜索、犯人の追跡など盛りだくさんのエンタテインメントだけど

 刑事 "ハリー・ボッシュ" シリーズ第10作目の作品。コナリーは、作品順に読むのが難しく飛び飛びになっていまっています。

 コナリーの作品については、以前から書いていますが、ストーリーもキャラクターも面白いものの、わたしは割と作品としては否定的でなんです。人には面白い小説として勧めやすいのですが、心に残る作品かというとそうではない。なんかテレビドラマ的なんですよね。

 どうしてそう思うのか、つらつら考えてみたのですが、キャラクターの心情と行動が一致しているからではないかと思うんです。人というのは、このような環境や状態があって、こう思って、合理的にそのとおりに行動するわけではないんですよね。つまらない欲や気がかりなことで行動を決めることもある。また、もっと子どもの時のトラウマや親との関係で理不尽な行動をする。そういうのが少ないんです。

  本書も冒頭の殺人か自殺かの謎から、暗号の提示、犯人の設定、捜索の方法、そしてクライマックスまでスキがなく、河の流れのごとく読者を操り、最後までハラハラさせながらつれていきます。そのような小説はあまりなく、素晴らしいと思います。しかし、しかしなんです。例えば、もっとヒーローとヒロインに弱点や悪意をもたせてもいいのではないでしょうか。ポアロやクイーンにだってあります。ましてやリアルをテーマにした警察小説なのですから。

  というわけで、☆☆☆★というところです。すいません、文句しか書かなくて。

天使と罪の街(下) (講談社文庫)

天使と罪の街(下) (講談社文庫)

天使と罪の街(上) (講談社文庫)

天使と罪の街(上) (講談社文庫)

 

『ユニクロ潜入一年』横田増生,文藝春秋,2017ーーアルバイトに経営の視点は必要か?

 仕事が忙しくて本は読んでいたものの感想を書くまではエネルギーが残されていませんでしたが、ようやく3冊分の編集作業が終えましたので、心の余裕が生まれました。とはいえ、後ろに受け流してしまった仕事が手元に残っているのですが……。そんな状況の私にとって、本書は心に染みました。

 本書は、実際にユニクロで働いた体験を記した調査報道であります。調査報道は古くからあるノンフィクションですが、長い期間が必要になるため、新聞社や雑誌などの媒体やコストを負担できる依頼人などのバックアップがないと難しいので、なかなか見かけません。それを仕上げたというだけでも好著だといえます。

 とはいうものの、しょせんはユニクロの労働状況の報告ですから、インターネットの掲示板などをあさっていれば、誰もが「とりあえずは」知りうることができる情報です。しかし内容がめちゃくちゃ面白い。一気に読み終えてしまいました。おそらく潜入調査という方法がスリリングさを加えているのではないかと思います。

 また、労働とはなにか、企業とはなにか、経営とはなにか、を考えさせられます。社員に対してこのくらいの締め付けがなければ、いや締め付けを行うことができれば、名経営といえるのかなどです。読んでいても労働環境は人のこころと身体を蝕むものでよくないのはわかっているのですが、このユニクロの経営の方法が自分の心の何処かで間違っていないのではという迷いを抱かざるをえない部分が残ります。

 しかし、経営方法にどうにも腑に落ちないのは、平の社員やアルバイトまで経営の視点をもって働くということです。企業が儲かるためには必要な視点だと思いますが、それならば待遇もそれに対応した視点が必要だと思うのですが。

 とにかくざまざまな見方ができるノンフィクションなので、文庫になってからでもてにとってみるとよいでしょう。 

ユニクロ潜入一年

ユニクロ潜入一年