ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『死者の長い列』ローレンス ブロック,二見書房,1995/2002(◎)

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

マット・スカダー・シリーズ第十二作目。古代バビロニアから始まったといわれる「三十一人の会」。その会は,三十一人の男たちが,年に一度集まってささやかなパーティーを開催し,亡くなった会員たちを報告する。そうして残った一人が,また三十人の会員を集めて,また新たに三十一人の会を開くことによって永遠に続く。しかし,現在のメンバーの死亡率が高いことから不信を抱いた会員がスカダーに調査を依頼する…。スカダーは一人ひとりのメンバーを探るのだが…。というように,謎解きミステリにありがちな設定であります。

とはいうものの,本書の魅力は,スカダーやその周りの友人たちの都会の生活者としての淡々とした描写につきるでしょう。その生と死を,光と闇が静かに進行していくのです。

例えば,以下のエピソード。スカダーは友人のミックに三十一人の会について話します。そこでミックは,でかい斧を持った死神を連想すると言った後,以下のように話をします。 

「誰だかの通夜の晩に,ある男から聞いた話だ。病院のベッドで寝ていたオデイの母親が彼にこう言った,自分にはもう死ぬ覚悟ができているってな。自分の人生はいい人生だった。自分はその人生から得られるすべての喜びをもう得てしまった。これ以上体にチューブを突っ込まれ,機械に生き延びさせてもらおうとは思わない。おまえはほんとうにいい息子だった。だから最後のキスをわたしにして,お医者にこのチューブを抜いてくれるよう,わたしを逝かせてくれるよう頼んでおくれ。そう言ったんだ。
 で,彼は言われたとおり母親にキスをすると,病室を出て医者を見つけ,母親に言われたとおりのことを医者に話した。しかし,その医者はまだとても若かった。医者になってまだまもないやつだった。だからオデイは話してはみたものの,この医者にはこの手をことをやるだけの度胸はないと見て取った。患者の命を縮めるなんてことはとてもできない。延命措置しか考えられない医者だとね。一方,医者は医者で,そんな相談をされて困りきっていた。医者のそんな様子を見て,心やさしいオデイは少しでもその苦悩を和らげようと思った。
 オデイは言った。“先生,そんなに深刻に考えなくてもいいじゃないですか。私が頼んでいることは,そんなにひどいことでもなんでもない。いいですか,先生,過去に死者たちの長い列があって母も私もいるんじゃないですか”てな」

ところで,カバーに「本格推理の要素を盛り込んだ傑作長編ミステリ」と書かれていますが,ハードボイルドミステリって,謎解きは欠かせないはずですよね。ハメットだって,チャンドラーだった,ましてやロス・マクだって,日本のハードボイルド小説だって謎解き要素があります。しかし,ハードボイルドミステリを評価するとき,謎解きの評価が無視されてしまっているから,そのカバーのような説明が必要になるのでしょう。ちなみに本書は,謎は◎,意外性は○といったところでした。