hoshi-itsu’s 本にまつわるblog

「ほしいつ」です。海外ミステリが中心のブログです。下書きがなくなってしまったのが悲しい……。

マンガをリアルタイムに読むということ

 「あしたのジョー」をリアルタイムに読んだ人のエッセイに「『あしたのジョー』は力石が死ぬまで。それ以降は付け足しに過ぎない」というようなことを書いてあるのをいくつか読んだことがあります。私は「ジョー」が完結した後に,アニメやマンガで入門した口なんですが,カーロス,金,ハリマオなど力石以降の対戦のほうが魅力的だったりするので,結構違和感を感じるんですね。つまり,リアルタイムで読んだ人と完結して読んだ人が感動を得たところが異なる。

 そういうマンガって,私にとっては「めぞん一刻」がそうなんですね。私は「めぞん」をリアルタイムに単行本で読んだのは4巻から,雑誌で読んだのは単行本で第9巻からなんですが,「めぞん」がめちゃくちゃ面白かったのは,その9巻まででしたね。その後,月2回発行だった『スピリッツ』が週刊化にともなって,それまで基本的に読み切りだったのが,そうではなく続きもののようになって,ページも1回あたり20ページぐらいだったのが16ページぐらいに減ページになってしまいました。だから,当時は,「普通のマンガになってしまったなあ」と非常にガッカリしたものです。

 その後,ある時,友人と「めぞん」について話した時,彼は「後半が感動した」というようなことを言いました。私は「えっ,『めぞん』って最初のほうがめちゃくちゃ面白いんじゃないの」と驚いたわけです。改めて読み返してみると,ラブストーリーとしては,後半は結構感動します。後半が面白いと感じるのもアリなのかなと。そして「ジョー」についても逆だけど,そういうもんかなと。

 そういうマンガって,他にも挙げると,「北斗の拳」もそうなんでしょうか。リアルで読んだ時は,ラオウが死んだ時点でこの作品は終わったと感じたものです。原作者もインタビューでラオウの死以降は覚えていないと言っていますしね。しかし,復刊されて読んでみると,結構後半も面白かったものでした。まだまだ他にもあるかも知れません。