ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『シブミ〈上〉』『シブミ〈下〉』トレヴェニアン,早川書房,2006-02(○)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

 上巻のカバーには「世界中を熱狂させた冒険小説の金字塔」と書かれていますが,他のトレヴェニアンの小説と同じように,容易にジャンルにくくれる作品ではありませんでした。単純に日本をモチーフにした小説ではありません。

 内容はと言いますと,少年期に日本人によって,碁の薫陶を受けたニコライ・ヘルは暗殺者として引退してバスク地方に住んでいた。そこに殺人の依頼に一人の若い女が現れたのだが…。

 でも,まあ少しコミックっぽいかな。冒頭のシーンなど,『パイナップルアーミー』を浮かべました。裸-殺はいったいどういう技か分からないけど,ちょっと笑ってしまいますね。その技を描写しないとリアリティを得られないのに,過去の作品で小説の内容を模倣した犯罪があったから,省略するとしていましたが,そんなのアリなんですかね。それなら,何でもアリじゃないの。でも,そんなふうに反則を用いたのは本書が最初なのかな?

 そうですね,そう考えてみると,この作品はコミックなんでしょうね。エンタテインメントに徹した小説。日本の「シブミ」の説明が上手いから騙されてしまいますけど,上質のスパイエンタテインメントのパロディといっていいでしょう。そのへんは,トレヴェニアンの目論見どおりなんでしょうね。

 菊池光の翻訳も際だって内容と合っていて生き生きとしています。菊池氏は,フランシスの競馬シリーズとパーカーのスペンサーシリーズの年一冊の翻訳のかたわら,海外ミステリの単発の作品を翻訳していましたが,本書はそのひとつですね。結構当たりがあって,2大シリーズを持っているのにもかかわらず,こんなのを引き当ててしまうなんて,ついている翻訳家だなあ」なんて思っていましたね。そのひとつが『羊たちの沈黙』ですもんね。