ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『推理作家の出来るまで (上巻)』都筑道夫,フリースタイル,2000-12(◎)

推理作家の出来るまで (上巻)

推理作家の出来るまで (上巻)

 都筑道夫の半自伝的エッセイ。一人の作家ができるまでの物語でもあるし,日本ミステリ史・海外ミステリ翻訳史,昭和史の一部でもある非常に貴重な作品です。しかも,普通に読んでも面白い。例えば,以下のように。

 近ごろ評判のトレヴェニアンの「シブミ」には,主人公が曙橋の上から,東京裁判所法廷の建物を――つまり,いまの自衛隊市谷駐屯地の建物を,眺めるところがあるが,前回にも書いたように,まだ橋はかかっていなかった。橋をかける計画は,戦争まえにあって,四谷三丁目からの道はひろげてあったのだが,戦争で延期になったまま,工事がはじまっていなかったのである。(501ページより)

 『ミステリマガジン』連載のときは,上巻の最後の方から読んでいたような気がします。あまりミステリに詳しくない若造から見て,このゆったりしたスタイルはとても新鮮かつ退屈もありました。この連載の後,「読(ドク)ホリデイ」というタイトルの書評エッセイを連載して,マクベインやキングなどを定番のように取り上げていたこと,また最近の翻訳ミステリでは何故「薔薇」を「バラ」,「蝙蝠」を「コウモリ」とカタカナを使用するのだろうか,「視線」を「目線」などというように意味がつかめない用語を用いるのか,など書かれたのを思い出します。

 このような作品がフリースタイルという出版社で出されたことも,嬉しいような悔しいような複雑な思いをもちました。