ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『湖中の女』レイモンド・チャンドラー/田中小実昌訳,早川書房,1959→1982-01(○)

 1943年に発行されたチャンドラーの第4長編。今回読んだのは,清水俊二訳ではなく田中小実昌訳のハヤカワ・ポケット・ミステリ版。清水訳を昔読んでいるけど,内容をすっかり忘れてしまっているから,あえて田中訳で読んでみました。

 化粧品会社の社長ドレース・キングズリイのもとに,妻クリスタルから,1か月前に家出をして情夫(って愛人のことですね,たぶん)クリス・レヴリイと駆け落ちをしたという電報が届いた。クリスタルは遊び人で,誰と駆け落ちしようがドレース・キングズリイは気にしなかったが,偶然,レヴリイに会ったとき,クリスタルことなんか知らないと言われた。そこで内密にクリスタルを探して欲しいとマーロウに依頼をした。マーロウは,レヴリイと会った後,クリスタルが滞在していたドレースの湖のそばにある別荘に赴いた。その湖の底に,ふわふわと浮いた女の水死体を発見したのだが…。

 清水訳が今手元にないので,詳細な比較はできないのですが,読後感はほとんど変わらないのではないでしょうか。清水訳が一人称が「私」となっており,田中訳が「おれ」となっていますが,誰に対してもニュートラルな対応をするマーロウであり,読み進めていくうちにどちらでもよいという気分になります。ただし,途中でマーロウがストーリーの説明をしたりするため,内容が理解しやすくなっているような気がします。それでも,本書のストーリーは複雑でなかなか理解できなかったのですが。

 それよりも,本書の謎解きミステリとしての骨格がしっかりしていること,また謎解きミステリのガシェットがてんこ盛りで驚きました。最後にマーロウが推理を披露する場面があるのですが,それを読んでいきますと,あまりにも安易なというか謎解きミステリでは使い回されたトリックに「なんじゃあ,そりゃあ。これはペリイ・メイスンかよ」と突っ込みたくなりますぜ。でも,『長いお別れ』がそうであったように,マーロウは自分が見てきたこと,聞いてきたこと,伝聞で調査したことから,唐突に推理を働かせる印象がありました。