ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『黒い天使』コーネル・ウールリッチ、黒沼健訳、早川書房、1943→1957(○)

 ウールリッチの長篇18作のうちの第5作目の比較的初期の作品。また、いわゆる「黒(ブラック)」のシリーズの第3作目。私が読んだのはポケミスですが、なんと2005年に文庫化されています。

 アルバータ・マレイは夫のカークが、人気ダンサーのマイア・マーサーという女と浮気していることに気づいた。アルバータはそれをやめさせようと、マイアのアパートを訪ねたが、そこには誰もおらず、ウロウロしていた。そこに突然カークが訪れたが隠れてやり過ごしたあと、改めて室内をみると、マイアが枕による窒息死させられていたのを発見した。このままではカークが殺人犯にされてしまう、と思ったアルバータは、マイアの電話人名簿を手にとり、「これで、彼をまた取り戻したのよ。あの女は、もう私から彼を奪つて行くことはできないのよ。もう二度と――」とアパートから逃げた。

 アルバータはカークに殺人について、ほのめかしたところ、カークがマイアのところへ行ったのは交際を断るためで殺していないという。しかし、マイアとの関係をかぎつけた警察は、カークを逮捕してしまった。カークの無罪を信じるアルバータは、名簿のMの項目に書かれていた4名に電話をして、素人捜査をするのだが――。

 というように、殺人容疑をかけられた男の妻が、殺された浮気女のメモに残されていた人物のリストをもとに、真の殺人犯を捜す物語で、ウールリッチのパターンの一つです。最近の海外ミステリのこってりぶりに飽きてしまった人には、このシンプルな世界観には癒されますよ。ストーリーそのものは、伏線がしっかり張られていますよ。

 ここは、都筑道夫の解説の方が良いので引用します(私もそれで読む気になりました)。ウールリッチが本質的に短編作家であること、窮地にたった若い女性を書くのうまいこと、ロマンティシズムの作家であることを述べたあとで以下のように記述しています。

 『黒い天使』においては、右にあげたウールリッチの特長が、じつに濃厚にでているばかりでなく、探偵小説としてみたとき、ふたつの大きな典型トリック(記述者イクオル犯人、とか、首なし死体、といつた大トリックを、かりにこう呼んでおく)の、見事なヴァリエイションがあつて、その点でもわたしは大いに買つている。

 それにもかかわらず、本作が『幻の女』『喪服のランデブー』並に評価されないかというと、後半ラスト部がコメディになってしまったのではないか、と感じるほど、突然ストーリー展開が変化してしまっているからでしょう。また、私には主人公の捜査へのモチベーションが弱いなあとも感じられました。あれだけ、主人公が男性にモテモテなのに、その夫はなぜ浮気をしたのか、変に思われるのです。

 でも、読後、印象的に記憶に残しているのは、コメディ部分のみという罠。全体のバランスなど考慮しなければ、その部分がメチャクチャ面白いですよ。そう考えれば、読む価値ありありです。

 ところで、1957年に訳出ということは、もう著作権が切れているの? このテキストを自由に使用してもいいのかな? かな? そうすると、かなりの数の翻訳ミステリも当てはまりますね。