hoshi-itsu’s 本にまつわるblog

「ほしいつ」です。海外ミステリが中心のブログです。下書きがなくなってしまったのが悲しい……。

『ブルー・ムービー』ジョゼフ・ハンセン、大久保寛訳、早川書房、1979、1986(○+)

 保険調査員ブラッドステッター・シリーズ全12作中第5作目の作品。このシリーズの最大の特徴は、探偵役であるビラッドステッターがホモセクシャルであるということであるが、本シリーズを読むたびに、その設定はいったい何の意味があるのだろうと思わずにいられません。事件があり、あるいは事件ではないかと思われる自殺や失踪などがあり、丹念に関係者を尋問・調査を行って、最後に事実あるいは真実を突き止める、という端正は私立探偵小説であります。

 それに加えて、本シリーズのというよりも、ハンセンの特長なのですが、翻訳されていても味わえることのできる、無色透明でかつ心地よい文体。一つ一つのセンテンスが長くなく、描写が映像的で、それでいて難しい言葉は使わない。読むたびに、ヘミングウェイを思い出させます。

ブルー・ムービー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1463)

ブルー・ムービー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1463)

 さて、本作ですが、タイトル通り「ブルー・ムービー」がキーワードとなる物語です。デイヴィッド・ブランドステッターは、映画などの撮影機材のレンタル会社の経営者である、ジェラスド・ドースンが首の骨を折られて殺された事件を調査し始めた。 

 犯人は、ジェラルドに「神のおきて」を口実として、いかがわしい店だということで襲われたポルノ書店の店主であるロニー・ツーカーを逮捕した。死亡推定時刻とロニーのアリバイが少しずれていること、700ドルと350ドルというかなりの金額の小切手を書いていること、遺留品として経口避妊薬などを持っていたことなどを聞くために、ジェラルドの家に行った。そこでジェラルドの息子のバッキーがツーカーを憎むかのようにロリータ写真を多数掲載しているグラビア誌を煉瓦のバーベキュー炉で燃やしていた。

 ロニーとジェラルドの関係と調べると、ロニーがジェラルドを殺すほど恨みをもっているようには思えなかった。デイヴはバッキーの周辺やジェラルドの共同経営者のジャック・フルブライドについて調査していく。

 ジェラルドは信仰にすべてを捧げているような宗教心の厚い男だった。しかし、経口避妊薬を処方した薬剤師は、15歳ぐらいの女の子と一緒だったという。次に、ジェラルドが小切手を切ったアパート経営者の女のところへ行くと、そのアパートを借りているのは、ジェラルドの娘のシャーリーンだという。ここ数日シャーリーンだというを見かけないという。彼女のアパートのなかに残されたかき混ぜ棒に印字してあるバーへ聞き込みに行くと、シャーリーンを知っているバンドマンのひとりが、彼女はいい映画プロデューサーに巡り会えたと言ったらしい。デイヴは、シャーリーンがこの事件の鍵と感じ、探すのだが…。

 よくある失踪ものの変形パターンです。それに加えて、調査対象者を調査指定空地に、世間体の顔と裏の顔の2種類があるというパターン。そららがうまくいっていて、さらに、息子、妻、共同経営者など、犯人候補者がたくさんいて、最後まで誰が犯人でるかわからないようになっています。おまけに、犯人に散弾銃で命を狙われるというサスペンス付き。まあ、盛りだくさんですね。しかし、「ブルー・ムービー」があまり主題と関わりがないのは残念。『スティーム・ピッグ』のようなものを想像していたんですけど。

 ところで、探偵小説のなかで、主人公の探偵が何故卑しき探偵をするのか、という命題があります。それは、探偵そのもののアイデンティティであり、それに基づいた行動があるわけです。別に高尚なものでなくてもよい。例えば、「のぞき」が好きでもよいし、ドライな人間関係がないというようなものでも。本書では、デイヴが以下のように語っています。

「ぼくの役目は、インチキはゲームのなかで公正にプレーすることだった。それは好きだ。いまも。だから、やめないさ。ぼくは、自分の好きなことをやってメシが食えてる幸運な人間のひとりなんだ。ほとんどの人間はそうはいかない。(50頁より」