ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『ストーリーメーカー 創作のための物語論』大塚英志、アスキー・メディアワークス、2008(○+)

 『物語の体操』『キャラクター小説の作り方』『キャラクターメーカー』に引き続く、物語を作るためのマニュアル本。いわゆる物語「演習」本。書店でみたとき、「この手があったか」と企画内容に感嘆しました。大塚氏のこのような学究的なところから離れて語る物語論は正しいと思いますし、好ましいです。あえてキャラクター小説に限定していますが、大塚氏の本音は違うのでしょう。すべての物語に当てはまるのだと思っているはずです。

 物語論については、一連の著作の内容の解説の方法を変えただけで、本質的には同じです。それが悪いとは思いません。そんな本はたくさんあります。むしろ、主張がぶれていないことのほうが重要です。だから、その内容に信頼をもてます。

 本書では、キャンベルの出立・イニシエーション・帰還からなる「英雄神話の基本構造」などに基づいて物語は一つであるとしています。この基本構造のとおりに語られると、人が成長したという一種の納得感が得られ、またそれがリアリティを感じさせます。だから、人々が受け入れることができるし、それから外れると、リアリティを感じないし、不安に感じてしまう。

 なぜ、そのような物語に人は心地よく感じるのか? そのとき、エリクソンの発達課題を思い出しました。

■エリク・H・エリクソンの発達課題
 エリク・H・エリクソンが提唱した発達課題の各段階とその心理的側面は、以下のとおりである。ちなみに左記が成功、右記が不成功した場合である。
Stage One:乳児期 信頼vs不信
Stage Two:幼児前期 自律性vs恥・疑惑
Stage Three:幼児後期 積極性vs罪悪感
Stage Four:児童期 勤勉性vs劣等感  
Stage Five:青年期 同一性vs同一性拡散
Stage Six:初期成年期 親密感vs孤独感
Stage Seven:成年期 生殖性vs自己吸収 
Stage Eight:成熟期 自我統合感vs嫌悪・絶望
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BA%E9%81%94%E8%AA%B2%E9%A1%8Cより)

 このエリクソンの発達課題が面白いところは、発達課題をこなせなかったとき、どのようなことを味わうかを解説しているところ。例えば、青年期であれば、「役割混乱が起こって同一性拡散(identity diffusion)という病理が生ずる。人格が統一されず、社会へのコミットメントができない状態に陥ってしまう」(http://rzt.sakura.ne.jp/shinri/2006/01/post_1.htmlより)。そのへんがエリクソンと関係しているかなと。

 本書では、「世界中の神話はたった一つの構造からなる」としているが、上記の発達課題については、各論的に説明できるような気がする。

 また、ミステリというか探偵物語の面白さも説明できるような気がします。冒頭で謎が提示され、それを理解する手がかりを採集し、それまでと異なる世界観を見せつけるというというところがリンクしていると思うのですが。

 第二部の「ストーリーメーカー―30の質問に答えてあなたの物語をつくる」では、例えば「Q4 あなたの主人公が現在抱えている問題を「主人公は×××が欠けている状態にある」という形で表現してください。欠けているものをまず具体的に書き、そして、次にそれが何の象徴であるかを一言で記してください」という質問を繰り返して、“あなただけの物語”を作るのですが、それはロールシャッハテストの物語版という感じがして、思わぬ自分がさらけ出されるようになっています。それが、その作者本人のオリジナルとなる部分なのでしょう。

 なお、本書で例としてあげられている中上健次たなか亜希夫の『南回帰船』は、連載時「アクション」で読んでましたけど、それほど面白いとも重要とも思わなかったなあ。途中でタイソンが出てきて訳わからん状態になってしまったし。