ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

 『燃えつきた城』 アーサー・ライアンズ、安倍昭至訳、早川書房、1979→1989

 本書は、アメリカのネオ・ハードボイルド小説の系譜を継ぐ私立探偵ジェイコブ・アッシュ・シリーズの第5作目の作品。

 インターネットでこのシリーズについて調べてみたところ、Mystery*file(Death Noted: ARTHUR LYONS (1946-2008) http://mysteryfile.com/blog/?p=566)というブログで、作者のアーサー・ライアンズの訃報記事が掲載されていました。日本のサイトではどこにも掲載されていませんでした。気がつきませんでしたが、『ミステリマガジン』では掲載されたのでしょうね。

 そのブログによりますと、2008年3月21日に脳卒中による合併症の肺炎で死亡、享年62歳とのこと。結構、若いですね。本シリーズを私は今まで読んでおらず、リアルタイムでは『ミステリマガジン』の書評や広告しか追っていなかったので、日本ではシリーズが続いて翻訳・発行されなかったのは、売上が伸びなかったのかなと単純に想像していたのですが、本国でも『消失のシナリオ』以降は、2作品しか書かれず、シリーズそのものが実質上終わったようですね(その後のノンフィクションなどが書かれ翻訳もされています)。初期作品も翻訳されていませんし。

 私立探偵ジェイコブ・アッシュ・シリーズは、以下の通り全11作のようです。

1. The Dead Are Discreet (1974)
2. All God’s Children (1975)
3. The Killing Floor (1976)
4. Dead Ringer (1977)
5. 『燃えつきた城』Castles Burning (1980)
6. 『ハード・トレード』Hard Trade (1981)
7. At the Hands of Another (1983)
8. 『歪んだ旋律』Three with a Bullet (1985)
9. 『消失のシナリオ』Fast Fade (1987)
10. Other People’s Money (1989)
11. False Pretenses (1994)


 さて、本作『燃えつきた城』ですが、上記の通り、シリーズ第5作目の作品。訳者あとがきによりますと、作者のお気に入りの作品とのこと。冒頭からお決まりの、探偵への失踪人探しの依頼から始まり、失踪人の発見、依頼人への報告となり、それから事件は本格的に動き出します。

「そのブロンド女は、踵が十インチはあろうかというプラットフォーム・シューズで危なっかしくバランスをとりながら、椅子の上に体を折り曲げ、両脚のあいだから私をみつめていた」
 そのエロティックな絵画をもつ画廊のオーナーであるハワード・ウィンターは、私立探偵のジェイコブ・アッシュに、その絵画を描いた新進気鋭の画家のゲリー・マクマートリーの8年前に別れ失踪した妻のレイニーと息子のブライアンを探すように依頼した。

 マクマートリーの動作も表情も、電流を通されたような興奮状態をみせていた。おそらく、と私は思った。もはや彼は私に聞かせるために話しているのではあるまいと。話すこと自体が浄化(カタルシス)なのだ。マクマートリーは私にではなく、自分自身に向かって語っているのだ。

 アッシュは、レイニーに遺産を残した遠い親戚がいるので彼女を捜していると嘘をついて、あっさりとレイニーを探し出した。レイニーは、大実業家のサイモン・フライシャーと結婚し、ゲリーの息子のブライアンを交通事故で亡くし、サイモンとの間に息子のドニーをもうけていた。レイニーは、ゲリーに会うことを激しく拒否した。アッシュは、それらをゲリーに報告したところ、釈然とせず、納得していないようだった。

 その2日後、ゲリーは失踪したため、ゲリーのガールフレンドのモナは深く心配し、アッシュにゲリーを探すよう依頼した。アッシュは、サイモンとレイニーに聞いたところ、なんとゲリーはドニーを誘拐し監禁したというのだ。40万ドルの身代金を要求する脅迫状が届いた。

 サイモンはアッシュにゲリーを探し息子を取り戻すよう強圧的に依頼をしたのだが、ドニーは殺され、ゲリーも死体で発見された。いったい犯人は誰なのか?

 事件は、依頼人が自分の息子を誘拐するという事件が起きたため、息子の両親・警察・FBIのそれぞれが、探偵を犯人扱いし、この事件にからむように要求します。そのためアッシュは、否応なしに、事件の解決を図るわけです。その両親の昔のことを探ると幼児虐待の疑いをもち、それが発端ではないかと疑うわけです…。

 意外と内容は、ロス・マク系譜を継ぐものでした。私立探偵ジェイコブ・アッシュは、観察者視点で事件を追います。事件そのものに探偵の私的な事情はまったくかかわらない「トラブル・マイ・ビジネス」ストーリーとなっているため、うっとうしさがありません。そういう意味で非常にオーソドックスです。そういう意味で、ハードボイルド小説・私立探偵小説ファンでしたら、満足できる作品となっています。

 極めてシンプルなストーリーとキャラクターのため、チャンドラーのような癖がなく深みに欠けるのですが、このシンプルさが非常に心地よいのです。☆☆☆☆にしちゃいましょう。ハードボイルドファン限定ですけどね。

■ちなみに、英語では、タイトル・出版社・発行年[シリーズ名・場所(舞台)]というように表記するのがスタンダートなんでしょうか? 場所が表記される理由が分からん…。重要なのだろうか…。英語のサイトなんて、今まで見たことがなかったから、知らんのよね。

The Dead Are Discreet (n.) Mason/Charter 1974 [Jacob Asch; Los Angeles, CA]

■雑誌名を《○○○○》というように「《」「》」で表記するのは、早川書房関係だけなのか、それとも他の出版社でも使用しているのでしょうか? この表記法は、違和感があるものの、そのように決めちゃうと、非常に楽で便利ですね。