ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

 『斧』 ドナルド・E・ウェストレイク, 木村二郎、文藝春秋、1997→2001

The Ax
 ウェストレイクのノンシリーズ。ウェストレイクは1933年生まれですから、64歳の時の作品。本作品は、とにかくリーダビリティが強くテンションが高い作品で、読んで損はない愉しい傑作です。カバーに「ハイスミスやトンプソンに比肩する戦慄のノワール」と紹介しているから、今まで敬遠していたことを後悔しちまったぜ、まったく。

 設定がアルテと同じくらい、むちゃくちゃなんですよ。そのむちゃくちゃのなかから、必然的な、そして偶発的なストーリーを転がしていきます。

 主人公が、製紙会社のライン工場のマネジメントをしていた中年の男性のバーク。彼が、勤めていた製紙会社の合併と移転を機にリストラにあってしまったのだけど、転職活動をしても2年間なかなかうまくいかない。それで、それなら自分と同じような経歴と職種の求人広告をつくって、応募してきた中から、順々に殺してしまえばいいんじゃないのと殺人を犯すことを決意するところから始まります。バークは真面目な虫も殺さぬ性格なので、計画を決意してからは、それまで撃ったことがない銃の練習をして、一人一人調査を行って、準備はきちんとしている。そして、ちょっと行き当たりばったりなんですけど、殺人を実行していきます。

 その精神性が、まあ殺人の血を目覚めさせるノワールといえないこともないけれど、筆致がなめらかで、バークがあまりにも殺人に対して平静なものだから、ギャグのようにも感じます。まあ、その折衷をいっている、なんともいえない味わいがあります。

 ラストのオチは、「なんじゃそれは」というような、短編オチ。でもまあ、それがハリウッドに毒されていない昔のミステリのようでいいんですよねえ。☆☆☆☆★です。『このミス』で上位に食い込んだのもむべなるかなですなあ。

斧 (文春文庫)

斧 (文春文庫)