「ニール・ケアリー・シリーズ」でおなじみのウィンズロウの新訳。私にとっても、『ストリート・キッズ』『仏陀の鏡への道』以来です。『ボビーZの気怠く優雅な人生』など購入はしているのですが積ん読になってしまって…。
本書は、メキシコよりアメリカに流入される麻薬の撲滅戦争を描ききった作品。マフィアの権力闘争、警察との癒着、取り締まる側の執念、裏切り、思いがけない悲劇など、まるでエルロイの作品のように、個人の感情と歴史が奔流となって交わり流れていき、その描写はシーンの一つ一つを俯瞰で見てるような気分にさせてくれる迫力があります。オビの「この30年で最高の犯罪小説だ。――ジェイムズ・エルロイ」という言葉に偽りはありません。
1975年、メキシコのシロアナ州において、ベトナム戦争を思わせるメキシコのマフィアとの泥沼の麻薬戦争が勃発する。雪崩のようにヘロインがアメリカになだれ込むのを防ごうとDEA(麻薬取締局)は取り締まっても、地元の警察は「ここはメキシコです。こういうことには時間がかかるのです」とうそぶくような土地。
麻薬撲滅に執念を燃やすDEAの捜査官のアートは、メキシコの警官であり、州知事特別補佐官のミゲル・アンヘル・バレーラと、その甥のアダンを通じて「地獄で結ばれた同盟関係」を結んだ。ついにDEAは麻薬の元締めのドン・ペドロ・アビレスを逮捕するための「コンドル作戦」を決行した。ミゲルと組んで、ドン・ペドロの罌粟(けし)農園、精錬所を焼け付くし、排除と撲滅を目論む。アートはドン・ペドロを逮捕しようとしたが、周囲の警官はドンを処刑するかのように射殺してしまった。
それに乗じたミゲルは、ドンの組織を滅ぼし、後釜の麻薬組織――盟約団(フェデラシオン)を組織した。それは、利用する側・利用される側とも承知していたことだった――。それは新たな戦争の始まりだった。ここから、ミゲルの甥の兄弟のアダンとラウル、イタリア系マフィア、怪しげな魅力をはなつ高級娼婦、CIAなどの思惑から、まさに血で血を洗う抗争を繰り広げる。
タイトルの、「犬の力」という意味ですが、麻薬取締局のアートは、捜査のためにミゲルの甥のアダンとボクシングで友情を結んだのち、以下のように語ります。
アダンはアートの中に、実の兄弟にはないもの――理性、真摯さ、みずからも持ちたいと願う成熟した勇気――を見たのだろう。(中略)どんな凶悪な牙を、腹の中に眠らせて、あるいは隠していたにせよ……。
それは誰の腹の中にもあるものかもしれない、とアートはのちに考えるようになる。
わたしの中には、確かにある。
犬の力。(上巻49〜50ページより)
それにしても、あのセンチメンタルなニール・ケアリーを描いたウィンズロウが、こんな不可思議な運命をつづった暗黒小説を描くとは――☆☆☆☆です。
蛇足ですが、エルロイだったら、女の裏切りは、最後まで隠しておいたのではないか、またその方がよかったのではないかと感じたのですが、それはエルロイとウィンズロウの小説観の違いなのでしょう。それが★を付け加えなかった理由です。ウィンズロウの方が分かりやすいので、取っつきやすくなっており、長所ともいえるのでしょう。
- 作者: ドン・ウィンズロウ,東江一紀
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