ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『疑り屋のトマス』ロバート・リーヴズ, 堀内静子訳,早川書房,1985→1987――減らず口をたたくソフトボイルド大学教授

 実は発売当初から書評等で気になっていた作品。たぶん好みが合う書評家が紹介していたんですよね。読むのがまさか23年後になってしまうとは。その理由は翻訳当初以降でほとんど語られることがなかったことと、もう一冊しか出版されていないからですね。というところでストーリーですが。

 競馬好きのボストンにある大学の文学部の助教授のトマスが主人公。彼が競馬場のトイレで酔っぱらっていた老人が呟いた「ジーザス・セイヴズ」という言葉から、同名の競走馬に掛けて、大金をせしめたところから始まる。その老人は、ジーザス・セイヴズの調教師であり、その後競走馬に使用される薬剤によって死んでいたところを発見された。

 大穴のレースについて、その老人との共犯を疑われたトマスはギャングにさらわれ、その競走馬を所有していた新興宗教の教祖のところへスパイとして真実を調べるよう脅迫された。しぶしぶトマスは引き受けるが、いっしょに行くはずの掛け屋が行くのと止めたため、非常に困ることになった……。ギャング、新興宗教の教祖、ストリッパー、大学教授などが関係するソフトボイルドミステリ。

 作者のリーヴズは本作品でひとつの冒険を成し遂げたといってよいでしょう。作者にとって、私立探偵を主人公とするミステリは、リアリティがないし、その知識もない。しかし、そのようなミステリが好きだから、それを書きたい。そういうなかで、大学の助教授が自らの罪悪感のようなものを利用されながら、ギャングの依頼で殺人を調査するというのはリアリティがあります。そのため、作者の好みの減らず口をたたく主人公がギリギリのラインで成り立っています。

 主人公の文学部助教授のトマスとギャングのチウロとの会話などで、チウロはじわじわとユーモアある台詞でトマスを調査するよう追いつめていくのですが、とても粋です。それはリアリティのないことではありますが、設定や書き方でそれを成り立たせています。

 おしむらくは、謎解きで、複雑にからみあった人物関係はよいのですが、因数分解をするようにスッキリさせていくと、非常に単純な形しか残らないのことに面白みがありません。ロス・マクだったら複雑な関係は複雑な関係のまま事件が解かれるのですが。それでも、私好みの作品ということで、☆☆☆☆です。

疑り屋のトマス (ハヤカワ ポケット ミステリ)

疑り屋のトマス (ハヤカワ ポケット ミステリ)

 ポケミスのカバーが表示されないので、以下は原著を表示しましたが、つまらないデザインですね。

Doubting Thomas

Doubting Thomas