ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『心の仕組み――人間関係にどう関わるか〈上〉』スティーブン・ピンカー, 椋田直子訳, NHKブックス,1997→2003

 著者のピンカー氏は新聞などの書評の紹介記事から、ウィキペディアで検索したこともあり、以前から気になっていました。とくに脳科学のある禁忌について語っているところが。そのためか、あまり日本では信用されていませんが。

 『心の仕組み』は上・中・下巻に分かれていますが、原著は一冊です。全三冊読んだ時点で感想を書こうと思ったのですが、上巻だけでほとほと疲れたので、とりあえず少しインターバルをとって、中巻・下巻に向かうつもり。

 本書の目次は、第一章 心の構造――情報処理と自然淘汰、第二章 思考機械――心を実感するために、第三章 脳の進化――われら石器時代人、とここまでで。ピンカー氏は「はじめに」で、「私は、多くの理論のなかから、紹介すべきと思えるものを選んだだけである」と述べていますが、逆に本書を元ネタにしている本も結構ありそう。「これは他で読んだことがある」ことが結構書かれています。原著は1997年発行ですし。

 第一章で、「心とは、複数演算器官からなる系であり」(「はじめに」より)とあるように、心をもつコンピュータはどういうものなのか、どのようにプログラミングをすれば心という精神活動を生じさせることができるのか、を述べています。この前段で、それに対する批判があるのはわかっているピンカー氏は以下のように述べて、倫理的思考と科学的思考を区別すべきだとしているところが、いかにも翻訳書ですね。

 科学の時代である現代にあって、「納得する」とはどういうことだろうか。それは(1)遺伝子、(2)脳の構造、(3)脳の生化学的状態、(4)行動した当人の育てられ方、(5)社会の当人に対する扱い、(6)当人の受けた刺激、という六つの要因の複雑な相互作用として、問題の行動を説明することにほかならない。星回りや遺伝子だけでなく、これらの要因のいずれもが、人間の犯した罪の原因として、あるいは、運命を支配することができない根拠として、ご都合主義的に取り上げられてきた。(82頁より)

 そして、第二章で機械としての脳、第三章で古代からどのように脳が進化しているのかを解説しています。

心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉 (NHKブックス)

心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉 (NHKブックス)

 ところで以下の記述はオドロキ。西村京太郎の『殺しの双曲線』で可能性として書かれていたことじゃないの。

 一九八八年三月一〇日、デヴィッド・J・ストートンという警官の耳を、誰かが半分食いちぎった。犯人は誰の目にも明らかだった。カリフォルニア州パロアルトに住む二一歳の男、ショーン・ブリックと、ジョナサン・ブリックのどちらかである。ショーンとジョナサンは一卵性双生児で、一緒になって警官と争っているうちに、どちらかが耳を噛みきったのだった。二人は負傷、住居侵入未遂、公務執行妨害、加重暴行の疑いで逮捕された。加重暴行罪は耳を噛みきったことに対するもので、終身刑に相当する。ストートン巡査は、双生児の一人は短髪、もう一人は長髪で、長髪のほうが耳を噛んだ、と証言した。しかし残念ながら、事件から三日後に逮捕されたときの二人は、そっくりのクルーカットになっていた。しかも、黙秘し続ける。弁護士は、二人のいずれについても、加重暴行罪で重刑に問うことはできない、と主張した。もう一人がやったかもしれないのだから、犯人と断定するには合理的疑いがある、というのである、というのである。