ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『完本 1976年のアントニオ猪木』柳澤健,文藝春秋,2007→2009

 まず結論からいいますと、本書は傑作である。私は、プロレスに夢中になったこともないし、アントニオ猪木に深く魅了されたことがない。プロレスなど退屈に覚えるほどである。夢中になったとすれば『プロレススーパースター列伝』の「懐かしのBI砲編」を通したアントニオ猪木である。そんな私にも本書は傑作と思わせる作品であった。解説で海老沢泰久が書いたとおりである。

 素晴らしいノンフィクションを読むと、「ノンフィクションとは何か」「ノンフィクションとはどうあるべきか」をつい考えてしまうのですが、本書を読んでいる途中、何度もそれを感じました。この描写は、事実ではなく筆者の想像なのだから、そう描くべきである、いや、それが読者は判断できるのだから、それはいいのだ、というようにである。

 1976年、猪木は極めて異常な4試合を戦った。
 2月にミュンヘン五輪柔道無差別および重量級の優勝者、ウィリアム・ルスカと。
 6月にボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメッド・アリと。
 10月にアメリカで活躍中の韓国人プロレスラー、パク・ソンナンと。
 12月にパキスタンで最も有名なプロレスラー、アクラム・ペールワンと。(11〜12頁より)

 というように、上記4試合についてのノンフィクションである。なぜ、その4試合が重要だったのか、それは、アントニオ猪木という天才プロレスラーが日本の格闘技界に対して、ショーやエンターテインメントではなくリアルファイトであるというファンタジーを体感として与えてしまったからであると、筆者は断じている。なぜ、そうなのか、膨大な資料とその洗い出し、新しい取材などによって、極めて論理的に「推理」を行っている。

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)