ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『虐殺器官』伊藤計劃,早川書房,2007→2010

 「ゼロ年代の最高のフィクション」というふれ込みの傑作SF小説。単行本発行時にきちんと読んでおけばよかったと思わせる作品。私は、SFというよりも、むしろ新しい世代が書く近未来冒険小説あるいはエスピオナージととらえました。そういう意味でミステリ小説ファンにも受けたのでしょう。

 昔ながらの冒険小説は、北上次郎氏のいうとおり(うろ覚えですが)「失われた自己の復権の物語でした。それは一度であれ、一度もなくとも、確固たる自己をもったものの、あるアクシデントにより、それを失ってしまうことをいいます。例えば、サッカー選手が負傷により自ら望まず現役を引退してしまったように。その挫折を含むアクシデントを乗り越えることにより、過去を復権、あるいは新しい自己を確立するわけです。自己の成長であり、成熟であります。

 しかし現代では、成長や成熟をすることがありません。そういう人もいるのでしょうが、昔の成長・成熟とは異なるものになっています。その原因は、まだ不明確ですが……。

 そういうなかで、本書はひとつの解答を示しているように思います。前半部分を読んだだけで、その設定の勝利を確信しました。後半は、新人賞の選評のように、ハウダニットがきちんと説明されておらず、少々残念でしたが、それでも☆☆☆☆★です。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)