ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

翻訳ミステリの苦境

 『本の雑誌2010年9月号』の特集「たちあがれ、翻訳ミステリー」を読んだ。まず、飯田橋のミステリ専門店「深夜プラス1」の閉店のお知らせとその店長のインタビュー記事。私は学生時代よく深夜プラス1には行っていたので、少し淋しいとともに、あの小さな書店では経営は難しいかなとも感じた。その店長のインタビューのなかで、『飛蝗の農場』などマニア好みのミステリが3年間『このミス』でトップだったため、一般の読者が離れてしまったことが原因の一つとしていたのが、うーんなるほどと思う。この3年間は面白いミステリが少なくなってしまった時期だったのでしょう。

 個人的には、翻訳ミステリが売れないのは、ケータイ電話にあるように、一般の日本人の、リアルの捉え方やカルチャーの好みなどが、海外とあまりにも乖離してしまった結果だと思う。日本人が進みすぎてしまったのか、あるいは離れてしまったのか不明なんだけど、海外の文化を愉しめなくなってしまった、「のる」ことができなくなってしまったのだ。この「のる」ことができなくなったというのはポイントだと思う。だから、マニア以外は映画も音楽も文学も、海外のものから離れてしまった。だから、翻訳ミステリをどのように伝えたとしても、再び盛りあげるのは難しいと思う。悲しいことだけどね。

 日本の作品は、マンガから強い影響を受けているのだろうけど、読者がいい意味でも悪い意味でも、キャラ重視なんだよね。先日の森博嗣氏の新書にも書かれていましたけど、好きではないキャラや行動などが理解不能のキャラが出てくるだけで、どんなにストーリーが優れたものであっても、作品そのものを嫌ったり、評価を低いものにしてしまう。これは僕にも幾分当てはまることなので、なるべく自重しようと意識しているけど、つい顔を覗かせてしまうなど、根深いものだ。

 あと、これも森博嗣氏が書いてましたけど、海外の作品は長すぎるものが多い。これは、様々な時間をつぶすものがあるなかで、30頁につき30分として、600頁だったら10時間かかってしまう。一つの作品に10時間も使用しなくてはならないことは、次第に時間つぶし選択優先順位を下げてしまうことにつながるでしょう。まあ、短くなんてできないから、対策をとることができないけどね。

 このようにつらつら考えていると、2ちゃんねるなどでよくいわれる「○○離れ」現象の一つなのではないでしょうか。あの「○○現象」というのは、社会・経済の縮小に対応するために現状維持を目指す行動変化だと思うんですね。

 まあ、それで盛りあげていくには、日本のライトノベルや小説のように、メディアミックスをすることで、一つのネタを小説・マンガ・テレビ(アニメ・ドラマ)・映画などに展開していければよいのでしょうが、翻訳ミステリでは出版社主導で行うのは難しいしねえ……。本当に難しいなあ……。ディック・フランシスなんかで可能なんじゃないのとは思うのですが……。