ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『クリスマスのフロスト』R・D・ウィングフィールド, 芹澤恵訳、東京創元社、1984→1994

 再読です。次々と翻訳される作品が年間ベストランキングの上位になる、フロスト警部シリーズの第1作目。本シリーズは、他のシリーズと比べて「異常に」楽しく面白いのは何故なのか。それを考えるための再読しました。

 アレンは二度ほど深呼吸をしてから、椅子に戻った。
「例の行方不明の少女の件だ。母親のところへ行って話を聞いてきてむらいたい。……(中略)」
「母親が殺った可能性も除外はできない」とフロストが言った。
 クライヴは雅量を示して笑みを浮かべた。的外れにもほどがあると思いながら。あの母親をひとめ見れば、そんな考えは……。が、アレン警部もフロストと同意見のようだった。
「そう、そこだよ。そこのところをきみに調べて来てもらいたい。……(中略)」
「諒解」とフロストは言った。そして、椅子の背もたれにもたれかかって足を投げ出すと、煙草の煙を深々と吸い込んだ。
 アレンの眼が細くなった。それから、怒鳴り声があがった。「すぐに生きたまえ。今すぐ!」
 フロストは弾かれたように椅子から立ちあがった。なるほど、フロストのようなぐうたら野郎はこうやって扱えばいいということか、とクライヴは思った。
「おめでとう」とフロストは言った。
「おたくが念願の首席警部に昇進したことを祝って」
「だが、まだ正式の発表はない」とアレンは言った。
「おや。おれはまたてっきり、もう昇進したのかと思ったよ」フロストはそれだけ言うと再び椅子に腰を落ち着けて、吸いかけの煙草を最後まで味わった。(98〜99頁より)

 くすくすとした笑いを誘いながら、アレン警部とフロストの微妙な関係が、浮かび上がってきます。驚異的なことに、本書ではこれらが全編展開していきます。

(中略)「ところで、坊や、今、何時だ?」
 クライヴは瞬きして眠気を振り払い、腕時計に眼をやった。「真夜中ですよ、警部。あと少しで十二時になります」勤務に就いてから、ほぼ十五時間が経過していた。
「よし」とフロストは言った。「あと、ふたつみっつ用事を片付けたら、今日はもう帰ることにしよう」(196〜197頁より)

 これも落ちで大爆笑ですね。このあと二人は事件現場に戻ります。

(中略)「ところで、坊や、おまえさんには、直感的に何かがひらめくってことはないかい?」
「まあ、ないわけじゃないですけど」
「おれはしょっちゅうだ。しょっちゅう、ぴんとくる。あの女は人殺しだよ」
「証拠でもあるんですか、警部? 証拠がなければ……」
「なんだ、おまえさんも証拠の奴隷だったのか。おれには、容疑者さえいれば、それで充分だ。『有罪が立証されるまでは無罪』なんて戯言はさっさと忘れちまえ。まずは、疑わしき人物に目星をつける。それから、そいつが――その男なり女なりが、犯人であることを立証するのさ。そうすりゃ、関係のない人間のプライヴァシーをヤムのように暴き立てずにすむだろうが」(267頁より)

 読み終えてみて、もっとも最初に思うことは、海堂尊氏の作品に似ていること。それは、キャラクターの強烈さとリアリティ。主人公が強烈な作品なら他にもあるでしょう。しかし、この二人の作品はすべてのキャラクターが濃密です。このキャラクターをたてるコツというものは何なのでしょう?

 とくにフロストの性格はシンプルかつ複雑です。ワーカホリックで、出世には興味がなく、女性が好きで、物を片付けることが苦手、他人に気を遣わないようで、気を遣う。そして、このフロストの性格行動は自らが警官であることにあぐらをかいていることから生じていることがわかる。この矛盾が自然に描写されています。

 また、何となく感じたことなのですが、登場人物の名前が秀逸なような気がします。フロストは言うまでもなく、アレン警部、マレット署長、新人巡査のクライヴ・バーナードなど、設定と名前がピッタリなような。

 物語の引き出しも抜群。売春婦が自分の娘がいなくなったので探して欲しいという依頼から、誘拐事件に発展し、それが解決するまでの、スピーディに意外性のある展開で引き込まれます。

 再読でも、☆☆☆☆★です。とにかく傑作。――最高の☆5つではないのはラストシーンがもっと満足できるものだったらなあというところで。

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)