ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『五匹の子豚』アガサ・クリスティー, 山本やよい訳,ハヤカワ文庫,1942→2010

 クリスティ32作目の作品。作品数が多いから初期〜中期ですかね。ポアロものです。16年前に父を毒殺した容疑で逮捕され、獄中で自殺した母は無実であるとその娘がポアロに訴えるところから始まります。

 画家であるエイミアス・クレイルは、自宅屋敷から徒歩4分ぐらいかかる砲台庭園で一人で絵を描いていた。クレイル夫人が午後に見に行くとクレイル氏が倒れていたのを発見した。かかりつけの医師は自然死に不審なところ感じたため、遺体解剖したところ、コニインという薬物が死因だったことがわかった。その薬物は、その前日にクレイル氏が持ち込んだ物で、テーブルの上のビールの瓶ではなく、グラスに残ったビールの中から検出された。そのビールはクレイル夫人がもってきたものであった。そのグラスにはクレイル氏の指紋しか付いていなかったこと、前日にクレイル氏の女性関係について、夫婦で言い争いをしていたことから、クレイル夫人が毒物を入れたとして逮捕されたのである。

 ポアロは、当時の各5名の事件関係者に事件の内容を聞いて廻った。それぞれに思惑あり、ある者はクレイル夫人が犯人と確信していたり、そうでない者もいた。ずいぶん昔の事件であり、証拠を揃える事件である。その5名のなかに真犯人はいるのか? 

 なんと全編多重な意味をもつストーリーである野心的な作品。事件そのものが、ものすごい微妙な設定で成り立っています。途中で犯人は依頼人に違いないとヤマをはっていたのですが、見事に討ち死にでした。無駄のないシンプルなストーリーで読みやすいけれど、ある人物の発言や書いたものが、犯人の指摘に大いなる役割をもっていることが、そんなに人間のあやふやな記憶を証拠としてしまってもいいのかな、と感じるなど――そう感じることは私がクリスティのよい読者ではない証ですが――ミスディレクションのための殺人事件という感じが強く、☆☆☆★というところです。

 アガサ・クリスティの前回の読書はこちら→『杉の柩』アガサ・クリスティー, 恩地三保子訳,早川書房,1940→1976 http://d.hatena.ne.jp/hoshi-itsu/20110307