実は小説に駄作というものはないと思う。感動というものは、各々がどのような年齢で、心理状態で、シチュエーションで読んだかに影響される。同じ作品でも、感動しないこともあるし、感動することもある。本作は、わたしの心理状態にぴったりの作品でした。ネットで評判をみても、ほとんど語られていないんですよね。
本作は、私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第9作目の作品。タナーが同窓会で再開した弁護士の友人から、白人極右集団から死刑宣告の脅迫を受けたので、その真相を探り出してほしいという依頼をしたところから始まる。一緒にチャールストンに行くと、同様の脅迫を受けている者がいた。
タナーが依頼を引き受けた動機が素晴らしい。以下のように述懐しています。
セスは気づかなかったようだが、私がチャールストン行きを承諾したのは、何よりも彼が私の内面にある一本の神経に触れたからだった。それは罪悪感をつかさどる神経であり、その罪悪感は私の公民権運動へのかかわり方に根ざしていた。(34頁より)
(中略)
深く共鳴していた大義のために、なぜもう一歩踏み込んだ行動をとらなかったのか。これは長年にわたって私が不健康なまでに自問をくりかえしてきた問題だった。(35頁より)
自らの行き場のない足の裏の米粒のようなもののために、その当時の友人の頼みを引き受けるタナー。正直言って、黒人などマイノリティによる公民権運動とその抗争については、歴史的事実をなぞっているようで、今の私には退屈だったのですが、それが後半にくると、見事な伏線になっています。
本作には、殺人事件はなく、脅迫事件のみであり、その犯人もあっさり判明します。しかし、見事なミスディレクションが仕掛けられており、社会派ミステリではなく、謎解きミステリであることがわかります。そこに感動するのです。
また、タナーは、憑きもの落としの探偵ではなく、新たな憑きものを産むことになろうとも、自分の行動によってどのようなことが起こるのかバランスを見極めて行動します。謎解き要素も少ないのですが、スピーディなストーリーと、以下の素晴らしきシーンを含めて、☆☆☆☆★です。
(中略)「きみはぼくに腹を立てているんだろう?」
「さあ、わからないな。そうなんだろうか?」
彼はうなずいた。「ぼくが、思ってたような人間じゃないとわかったから、きみは怒っているんだ」
「多少、そういうところはあるかもしれない。でも、そんなことはたいした問題じゃない」
「たいした問題なんだ。昔からそれは重要な問題だったんだ。ぼくは四年間、きみに尊敬されたいと思って頑張ったんだからな」
わたしは、この二人がすれ違うシーンで涙を落としました。これは二人の男の過去と現在を交錯させた、すれ違いの片思いの物語であることがわかるからです。
熱い十字架 (ハヤカワ ポケット ミステリ―私立探偵ジョン・タナーシリーズ)
- 作者: スティーヴングリーンリーフ,Stephen Greenleaf,黒原敏行
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1995/04
- メディア: 新書
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