ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン, 柳沢由実子訳,東京創元社,2000→2012

 アイスランドを舞台にした警察小説シリーズ翻訳第1作目にして『ハヤカワミステリマガジン』版ベスト10の第1位の作品。まあそれだけの作品でした。本書のようなしっかりした犯罪者像を提示されると、サイコミステリが作者の安易な逃げにしか感じなくなります。

 あるアパートの半地下で老人が灰皿で撲殺されて発見された。殺人現場からは、老人本人が客を中に通し、灰皿で頭を一撃し、ドアを開けっ放しで逃亡したという不器用な典型的なアイスランドの殺人だった。死体の上に乗っていた意味不明なメッセージが残されていた。レイキャヴィク警察犯罪捜査官のエーレンデュルは、老人の部屋を捜索していると、墓石を写した写真が残されていた。その墓石主は4歳で脳腫瘍で死んだ女の子のもので、その母親は自殺してた。その母親の姉に聞き込みから捜査を始めたところ、意外で陰惨な過去が現れた……。

 インドリダソンは余計な描写をせず、アイスランドを描写するにはうってつけとでもいうようにモノトーンの文体を用います。それでいながら、節の終わりには次の節の引きとなるようなシーンになるため、なかなか中途で本を置くことができません。引きがうまく、次々と引っ張られ、非常に読みやすいのです。

 主人公のプライベートも妊娠している娘が薬漬けになっているなど悲惨なものですが、それが事件と対応していくところは上手いです。そして、犯罪者像がシンプルなものでなく、いかにも現代的なものであり、これが10年以上前の作品であるにもかかわらず、現代性を保っています。正直、謎解き要素は全くありませんが、これだけ描かれていれば満足です。最後の犯人の独白シーンは泣いてしまいました。ということで、☆☆☆☆です。次作が大変愉しみです。

 ところで、後書きを書かれている翻訳者の柳沢さんは文章が上手いですねえ。短い文章のなかで味わいを感じます。近いうちにエッセイでも、小説でも、何かしら発表されるのではないでしょうか。数少ないスウェーデン語翻訳者を失うことになるかもしれませんが。

湿地 (Reykjavik Thriller)

湿地 (Reykjavik Thriller)