うわっ、やっちまったよ。以下は、ほとんどネタバレなので未読の方は2つめのパラグラフまでで、無色に反転されてた文書の後は読まない方がいいですよ。
クルト・ヴァランダー警部シリーズはせっかく文庫で出版されているのだから、最初から読んでいきたいと頭の片隅に置きつつ、時間がたってしまったためなのか、ブックオフで購入し、積ん読本棚に放置していたためなのか、『灰夜』を寝入りに読み終わったため、翌朝、電車で読めるものとして本書を急いでピックアップして、電車の中で16頁の2章の最初の「その電話は明け方五時十三分に入ったとイースタの警察署が記録している」というセンテンスに、「マクベイン、キター」と心の中で絶叫しつつ、スムーズに進む話に入り込んでしまいました。
途中、そういえば『タンゴステップ』でも父親に会いに行っていたっけ、癌にかかってしまった同僚もいたっけ、とぼんやり思い出しつつ、最初の地方の農村の家での老夫婦が惨殺された事件の雰囲気が『湿地』っぽいなあ、「外国の」なんてダイニングメッセージを残しているや通りがかりの通り魔が殺したように感じるところなんかが。
そうしたら、老夫婦のダンナが実は資産家で大きな金額の現金を銀行で何度も下ろしていることが分かると、それを知っている者が計画的に殺人を起こしたのではないかと、本格的な殺人事件として捜査が始まり、同時に老人の過去を探っていくと、昔女性を騙して私生児を産ませてトンズラしていたことを突き止め、その子どもが犯人ではないか、と最後当たりに同名の人間を見つけた瞬間、ヴァランダーも読者の私も「カチッ」という何かがピッタリはまるような音がした感じたしました。
この瞬間を味わえただけでも、本書の価値は非常に高いなあと思いつつ、読み進んでいくと、強固なるアリバイがあったことが分かるんですよ。全423頁あるのですが、なんと376頁目という最後付近で「彼(ヴァランダー警部)は自分がまちがっていたことを知った」わけで、ここで普通の小説なら「じゃあ、ここまでの入り込んだ人間関係はすべて無駄だったのかよ」と怒るのでしょうが、本書はそんなことを思わず、「まあ、こういうことはよくあるよな」と同情してしまいましたよ。それだけ、人間の描写がうまくなされているんです。
ヴァランダーが自分の職業に理解のない父親に文句を言われ、なだめるために会う約束をするたびに、げんなりしていたのですが、その後なんと父親が認知症の初期症状を示すのに当たって、人間の生活というものは無駄があるものだ、と感じさせてくれたせいですかね。
最後真犯人をヴァランダー警部のもう一度事件そのものの資料を全部見直して、あるビデオをみて、それからヤマをはって、関係者に聞いて、ヴァランダー警部たちはこの事件だけではなく、いくつかの事件の捜査も同時並行で行っていくわけですが、その一つに似ている犯人像で幕を下ろすわけですが、このまったくリンクしないけど似ている加減が本当にリアリティを感じるわけです。そして、なんと、本事件の謎の一つは解明されなくて終わっちゃう。それって、いいのか? ある人はそれで駄作認定するはずですよ。けれど、いいんだよと思っちゃうんです。そういう説得力がある。
思い返してみると、メインの事件が『湿地』に似ていますよねえ。この似方は、おそらくアーナルデュル・インドリダソンは『殺人者の顔』を読んで、不満というか惜しいなあと感じたところを改変して『湿地』を書いたのかもしれません。
というような感想をもったところで、ブログに書こうとしたら、なんと本書を過去に読んでいたことが分かりました(http://d.hatena.ne.jp/hoshi-itsu/20100408)。今まで、二度目を読み終えて以前読んだことが思い出せないなんて、一度もなかったのでショックでしたよ。そのブログの内容もショック。あんまり感銘していない。今回はこんなに入り込んだのになあ。こういうことって、年をとったということなんでしょうかねえ。
捜査は老夫婦殺人事件を本筋として行われ、様々な考えられる可能性を追っていき、おそらく実際の刑事が「ビンゴ」と叫びたくなるような瞬間を味わうことができ、あのような展開になっていくとは…。並行して複数の事件を扱っている感じも、とりあえずは動きがない事件は後回しにして、目の前の案件に取り組んでいくところに非常にリアリティを感じます。『湿地』と合わせて読んでいくと面白いという意味も加えて、☆☆☆☆というところです。
- 作者: ヘニングマンケル,Henning Mankel,柳沢由実子
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- 作者: アーナルデュル・インドリダソン,柳沢由実子
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