ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『桶川ストーカー殺人事件―遺言』清水潔,新潮文庫,2000→2004

 私にとっては、久しぶりの事件物のノンフィクションです。本書は、表4の紹介文に『執念の取材を続けた記者がたどり着いた意外な事件の深層、記者の闇とは』の後に続く、『「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!』という二つの視点から評価をされていることに興味をもって手に取りました。

 読後、これほどのノンフィクションを今まで知らなかったことに残念だったといってもよいくらいの作品でした。本書は、有名な桶川ストーカー殺人事件そのものを取材したものではなく、記者が事件そのものに関わった記録、いや関わらざるを得なかった記録です。

 「記者の教科書」とは、記者が事件に対してどのようなスタンスでいるべきなのか、それを示してものです。たとえば、『「直当たり(じかあたり)」というが、目撃者に直接会って話を聞くこと、聞き込みが基本であること、それには事件の現場で一人ひとり行き交う人に尋ねてみること、公的な発表に矛盾を感じたらそのまま鵜呑みにするのではなく裏をとること、取材源の秘匿を守ることなどが丹念に書かれています。

 著者は、被害者の友人から、加害者の情報を受けて、記者としての領分を守りながら、事件を解決するには、犯人の異常性におびえながら、丹念に慎重に執念じみた張り込みと取材を行い、たとえば時には犯人に対し、すでに正体を掴んでいるぞというような記事を書いたりし、怠慢なる警察を批判していきます。

 また、本事件の特異性として、どうしてそのような異常な殺人事件を起こしたかが判明しないという犯人の心理の異常性とともに、自らの組織を守るために犯人の追跡をしなかったという警察署の異常性が挙げられます。そのため事件物、サイコ物、組織物、取材物など様々な視点から問題を読み取ることができる傑作です。

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)