ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『斧でもくらえ』A・A・フェア, 砧一郎訳,ハヤカワ・ミステリ文庫,1944,1987

 本書には解説がなく「A・A・フェア著作リスト」が掲載されており、それによると本書はドラルド・ラム&バーサ・クール・シリーズ全29作(そんなにあるのかよ!)中、9作目の作品。読む前は、比較的初期だから悪い作品ではないのだろうと予想。

 太平洋戦争戦線からマラリアにかかったため除隊したドナルド・ラムは18ヶ月ぶりに探偵事務所に帰ってきた。ちょうどその時、ブラインド会社の社長の秘書が、自分の長期休暇中に、自分の会社の社長が交通事故を起こして脊椎に怪我を負わせてしまい、その女と結婚してしまった、その女よりも自分の方が社長の妻にふさわしいと思っている、その女は社長に4階建てのビルを買い取らせようとしている、その女が何を目的にしているか調査してほしいと依頼してきた。

 そのビルの中のナイトクラブにラムは潜入すると、社長の妻がある男と親しげに話をしていた。ラムはバーサに電話で2人の尾行をお願いし、引き続きナイトクラブでスコッチを飲んでいると、そのナイトクラブの経営者に、あなたのような有名人はもう二度と来ないようにと丁重に脅された。ラムは事務所に戻ると、バーサの男を尾行した、その途中で交差点で車同士の衝突事故に巻き込まれた、その時関係者のリストを書き留めたものを見て、男がビルの所有者であることが分かったと報告を受けた。

 さらに弁護士にカマをかけて調べていくうちに、女は交通事故の原告側として訴訟を4件繰り返していることが分かった。ちょうど同時期にナイトクラブで煙草売りをして働いている女もその弁護士を調査していた。ラムはナイトクラブの煙草売りの女に、なぜ社長の女を調べているか聞き、女がビルを買い取ろうとしていることを聞いたナイトクラブの経営者が調べるように命令してきたことを知った。そのナイトクラブの女に誘われてアパートの一室に行くと、その浴室でビルの所有者が頭を撲られて死んでいる死体を見つけた……。

 このように書いていくと、いつものB級の軽ハードボイルドミステリで、不自然さが満載なのですが、スピーディな語り口についつい先を読まされてしまいます。このあと、ラムが状況から推理して、いつものセラーズ刑事を利用して、犯人を捕まえるのですが、その推理があまりにも些細なことを根拠に行われていくため、えっそんなのでいいの、と首をかしげてしまいます。犯人を特定する凶器に使用された「斧」ですが、あまりにも古典的で笑ってしまいました。けど、昔のミステリってこんなだったよなあ。というところで、☆☆☆★というところです。悪くもないけど、良くもないという感じです。

 ところでですが、翻訳が平易な言葉が用いられていて、こなれているため、非常に読みやすくなっています。ここまで平易だと戦後には新しい文体を確立していた時期があり、その過渡期の翻訳ではないかと思うほどです。この文体は研究する余地があるのではないでしょうか。例えば、漢字・平仮名の使用法などですね。

斧でもくらえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

斧でもくらえ (ハヤカワ・ミステリ文庫)