ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『声』アーナルデュル・インドリダソン, 柳沢由実子訳,東京創元社,2002,2015――ある男とその家族の悲劇  

 インドリダソンの翻訳3作目の作品。これまでの中でもっとも素晴らしい作品でした。これが、2002年の作品か、なぜもっと早く翻訳されなかったのだという思いでいっぱいです。雰囲気は、メグレ警部シリーズに近く、それをもっとわかりやすく説明を加えたものと言ってもよいです。本作に限れば、松本清張のある有名作にも似ています。これが、昨年の翻訳ベスト1位にならないのがおかしいぐらいです。

 クリスマスイブの数日前に、ホテルの地下室に住んでいたドアマンの男のグロドイグルが、サンタクロースの扮装のまま、ナイフで腹などを刺されて出血して殺されているのをホテルの清掃係に発見された。男のズボンは引き下げられ、性器の先にはコンドームが付いたままだった。その部屋には制服などが入ったクローゼット、床には新聞や雑誌、テーブルの上には『ウィーン少年合唱団の歴史』というタイトルの本が残り、壁にはシャーリー・テンプルの映画のポスターが貼られていた。そこでグロドイグルは20年間暮らしていたとのことだった。エーレンデュルはグロドイグル殺しの犯人を追うとともに、その手がかりを求めグロドイグルの過去を探っていった……。

 読者と同じ、エーレンデュル警察犯罪捜査官の三人称一視点で、ひとりの男の過去とその家族の内情が少しずつ語られて明かされて、その内容にミステリで久々にうるっときました。読みやすい文体、丹念な描写、複雑なキャラクター設定、キャラの心情の解説など、すべてのバランスがとれています。

 とくにキャラクターがきちんと描かれていて、誰もが個人的な事情を抱えて生きているのがわかります。丹念に伏線が張られており、最後にきちんと回収されます。ネタバレになるので、未読の方は、あまりこれ以上のことは知らないほうがよいと思います。とにかく☆☆☆☆★といったところです。 

声