ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『危機の宰相』沢木耕太郎、文春文庫、2006、2008ーーミステリのようなノンフィクション

 池田勇人を中心にしたノンフィクション。「所得倍増」計画はどのように立ち上がっていったかをミステリのように解き明かしていく。

 ノンフィクションというのは、事象を考え、文献を読み、取材によって新しい情報を得て、それを取捨選択し再構成していくものである。そのため、取材者、再構成者の力量もあるが、倫理が非常に問われる。優れたノンフィクションとは、それがバランスよく配置されたものであるが、あまりにもフェアであることを追求していくと、内容が面白くなくなっていく可能性がある。本書は、他の沢木さんの作品と同じように、それを面白さを失わないようにしている傑作といえよう。

 ちなみに会社の会話で、下村治の名前を出したら、誰も知りませんでした。

 そういえば、昔、年のころは沢木氏よりも上の元ノンフィクションライターに、好きな作家はと訊かれ、沢木耕太郎と答えたら、その人は「ああ、ユニークな視点を出すよな」というようなことを話しました。私は、沢木氏の題材そのものはむしろ陳腐なものが多く、スタイルと文体が特徴であり魅力であると思っていたので、その時は「そういうもんかな」と不思議に感じましたが、本書がその「ユニークな視点」そのものなんでしょうね。 

危機の宰相 (文春文庫)

危機の宰相 (文春文庫)