ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『蝉かえる』櫻田智也,東京創元社,2020ーー文章と構成に無駄のない短編

 新人の第2作目の短編集にもかかわらず,『ハヤカワミステリマガジン ミステリが読みたい! 2021年度版』で9位,『このミステリーがすごい!2021年度版』で11位の作品。

 表題作の「蝉かえる」の他に「コマチグモ」「彼方の甲虫」「ホタル計画」「サブサハラの蠅」の計5編が収録されている。

 私は初読の作家なので,本作に限っていえば,ストーリーの流れが,諸星大二郎の「妖怪ハンターシリーズ」に似ている。民俗学的なこともそうだが,とくに探偵役というか,謎解き解決役の昆虫好きの青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)が,事件や出来事の冒頭から出たり,何気なく中途からふらっと現れて,物事の裏面を推理していく構成である。この主人公の事件に携わるスタンスが曖昧なところが似ているのだ。

 一つひとつが短く,一冊で250頁ぐらいのいうのが,非常に読みやすく,それでいながら無駄な描写などがないところが非常に好ましい。また,それぞれ5編が別々の知識を必要とするものであり,舞台も異なり,結構バラエティに富んでいるなと感じた。というわけで,☆☆☆★といったところである。

 できれば,少し長くなってもよいから,もう一つ味付けがほしい。哲学でもよいし,社会性でもよい。あと「……」はもっと少なくしてほしい。映像化するのが難しくなってしまうのではないか。

 それにしても,この作品もそうだけど,最近の作品は面白さを十全に理解できなくなってしまった。これは歳をとったということなのだろう。