ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『犠牲者は誰だ』ロス・マクドナルド,中田耕治訳, ハヤカワ・ミステリ,1956→1965(◎)

 ロス・マクドナルドの文庫化されていない作品の一つ。リュウ・アーチャー・シリーズ全18作中,第5作目ですから初期作品といってよいでしょう。文庫作品はシリーズ最終作『ブルー・ハンマー』以外はすべて読んでいるのですが,本作品は未文庫でしたので,ずっとほっといてしまいました。

 リュウ・アーチャーは,銃で撃たれ凄惨な姿になっていたヒッチハイカーのメキシコ人の若者を州道路で拾った。彼を病院に運んだが死んでしまった。彼はトラックの運転手で,7万ドルの保険のかかっているバーボン・ウイスキーを運送していたが,その積み荷がトラックごと盗まれたらしい。この事件に興味をもったアーチャーは,運送会社の社長のメイヤーに積み荷を取り戻すから雇ったらどうか提案し雇ってもらったのだが…。

 リーダビリティがまったくない,という欠点があります(それがロス・マクに人気がない理由でしょう)が,それでも最後の結末には震えます。カバー紹介文に「ハードボイルドの巨匠の問題作」としているのも当時からしたらむべなるかな。傑作といってよいでしょう。もし,『ロング・グッドバイ』のように現代に翻訳されたとしたら,ベスト10に挙げられる作品ではないでしょうか。

 でも,欠点といってもいい部分がかなりあります。まず,主人公のリュウ・アーチャーの性格づけ(キャラ)がしっかりしていないこと。後期のアーチャーの性格からは,とてもアーチャーらしからぬ台詞が頻出しています。一人称も「私」ではなく「俺」でよいのではとしばし思いました。本書では,アーチャーは盗難にあった被害者に私を雇えと売り込みをしています。ほかにも惹かれてしまった女に強い同情を投げかけたりしています。若さと老成が一緒になってしまったような戸惑いを感じます。

 また,事件が連鎖的に起こっているので,結末がきちんと一貫しておらず,ストーリーが複雑で理解が難しいこと。それは,魅力ともなっていますので,複雑な事件が好きな方にはお勧めです。

 あとはタイトルです。原著に即したタイトルですが,チャンドラーでしたら,そうはしなかったでしょうねえ。もう少し抽象的・象徴的なタイトルにすれば良かったのに。

 また,本書の解説では,都筑道夫が「ハードボイルドとは何か」というタイトルのエッセイを掲載しており,あの有名な「彼らは殴りあうだけではない」と題したハードボイルド探偵小説の本質論を引用しています。