ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『無実の領域』スティーヴン・グリーンリーフ,大久保寛訳,早川書房,1985→1987(○)

 私立探偵ジョン・マーシャル・タナー・シリーズの第5作目。いわゆるネオ・ハードボイルドにあたるのでしょうか。ロス・マクドナルドの作風を継ぐ,正統派私立探偵小説で,主人公は無色透明色が強い。

 その分,事件そのものに光があたることになり,出来不出来は事件が上手く描けているかにかかることになり,執筆する方としてはエンターテインメント色が強く出すことができず難しいでしょう。しかし,シンプルなミステリを読みたいときには貴重なシリーズです。他にそんな作品を書ける作家は,ジョセフ・ハンセンぐらいしか思い浮かばないですね。

 ある老夫婦が,裸で横たわり言語を絶する無惨な姿で殺された娘ダイアンの犯人を捜すよう,タナーに調査を依頼した。身体中をハサミで切られた死体の状況から判断するに犯人は麻薬常習者のようであった。タナーはこのような事件を捜査するのは気が進まなかったが引き受けた。調査をしていると,ダイアンの夫のローレンス・アッサーが殺人をしたと,その娘のリサが警察に告発したことによって逮捕されたのである。ローレンスは逮捕を受け入れ,精神異常であると申し立てて,罪を逃れるつもりだった。調査を経て,ローレンスは犯人ではないと感じたタナーは,ローレンスの女性関係を洗ったり,告発をしたリサに当たったりするのだが,第2の殺人が起きた…。

 本書は,そのロス・マク風味を残しつつ,ロス・マクでは書けなかった法的な側面をからめて,ストーリーを展開させています。非常に面白い作品だと思います。本作品でモチーフとなった法的な問題は,数年前日本でも問題になったもので,これを1985年当時で言及したのは非常に早かったのではないでしょうか。このような題材ですと,どうしても心理的な問題になりがちですが,触法という法的な問題として捉えることは,今読んでなお新鮮さを感じました。それだけ小説として上手くいっています。

 ラストは,ちょっとバタバタしてしまいましたが,私立探偵小説はこうでなくっちゃね,と好感をもたせてくれます。

 文章も,直前に読んだものがあまりにもひどい出来だったせいかもしれませんが,翻訳を感じさせない,そして抑制された静かなもので読みやすかくなっています。このような作品をもっと読みたいものです。

 そういえば,本作でタナーはロス・トーマスの小説を購入し読んでいると描写されていましたね。