ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『ピース』樋口有介,中公文庫,2006→2009.

 新作『刑事さん、さようなら』で第65回日本推理作家協会賞候補作になった樋口氏の少し前のノンシリーズ作品。文庫になって書店のポップ広告から評判を呼び発行25万部のベストセラーになったとうかがって手に取りました。というのは、樋口氏の作風は、一部のマニア向けであり、ベストセラーになるようなものではないと思っていたからです。

 秩父のスナックで働く女性ピアニストが帰宅途中で標的にされた四肢が切断されたバラバラ殺人事件は、少し前に寄居で起きた歯科医師殺人事件と同じような犯行内容だった。同一人物が犯人と考えた警察は、その女性ピアニストと歯科医師の接点を捜査するのだが、まったく共通項が見つからなかった。そのピアニストは自身が働くスナック「ラザロ」のマスター、アルバイト、客などと肉体関係があったらしい。犯人は、シリアルキラーなのか、それとも目的ある殺人者なのか?

 物語そのものは、「ラザロ」のそれぞれの人物に焦点が当てられており、それぞれ人生や生活などに対する述懐が語られます。この書き分けがきちんとされていて、キャラクターに迷うことがなく、それだけで読まされてしまいます。しかし、樋口氏のほかの作品と較べても犯人捜しの推理的要素が薄く、登場人物の一人が犯人を見つけるのですが唐突に感じられました。しかし、犯人の動機が非常に強烈で驚かされます。ここが受けたのでしょう。

 私にとっては、☆☆☆★といったところです。いや、でも、被害者像がここまではっきりと残る作品は稀ですので、☆☆☆☆ですかね。やはり、私としては、作者が興味がないのはわかっているのですが、もう少し推理的要素がほしかったですね。

 ところで本書について、『bestseller's interview 第33回 樋口 有介さん』http://www.sinkan.jp/special/interview/bestsellers33.html のインタビュー記事があり、以下のところが印象的でした。

―確かに、人間のおどろおどろしさが細かく描かれていますね。
樋口  「人生のどうにもならなさ加減といいますか、誰にもどうすることもできない人生を書くというのは、この作品だけではなく、私の小説にすべて共通しています。昔も今もミステリー作家になろうと思ったことはないのですが、一応世間では『ミステリー作家』ということになっているので、それらしく書いていますけどね(笑)」
―ラストも印象的でした。殺人などの事件を扱った小説では、最終的に犯人がわかってすっきり、という形で終わるものが多いなか、この作品は違いますね。
樋口  「ラストについては尻切れトンボだと言う人もいます。その通りといえばその通りなんですよ。私もああいうふうにする予定ではなかった。犯人とその動機が分かって、そのまま終わらせようとかね。ただ脱稿してから、もうひとひねり欲しいと。本来は『ピース』の意味が分かったところで、あの小説は完結。以降は読者サービスでしたが、ラストは賛否両論でしたね」
―登場人物の描き方やラストの結び方などから、ミステリーというジャンルには括れない作品だと思いました。
樋口  「事件があって布石があって謎があって、刑事なり探偵なりが事件を追って、そして最後には犯人が判明するという、いわゆる“ミステリー”とは違います」
―樋口さんの作品に共通するテーマがありましたら教えてください。
樋口  「ハードボイルドですよ。どうにもならない人生ではあるけれど、『愚痴を言わずに淡々と生きましょう』というね。他に人間の生き方はないだろう、と。もちろん作家ですからストーリーはいろいろなものを考えますが、そういう理念はどの作品にも共通していると思います」

 この「どうにもならない人生を、愚痴を言わずに淡々と生きる。他に人間の生き方はないだろう」というところ、最近読んだことあるなあと、しばし考えてみたら、『アニメスタイル 第1号』の長井・岡田・田中氏の鼎談インタビューでした。『とらドラ!』に続く『あの花』の紹介のくだりで、以下のように話していました。

長井 正直に言うと、なんとなく「モヤモヤした話を、モヤモヤしたまま、かたちにしてくれるであろう」って。
小黒 岡田さんが?
長井 岡田磨里はきっとやってくれるに違いない、というのが(『あの花』に)発展しているんです。正直その発展がいいのか悪いのか、いまいちまだ分からないですけど。「人の世って、ままならないよね」みたいなことを、ままならないまま、かたちにしてくれるんです。そういう意味だと、多分、『あの花』に繋がっているんですよ。(『アニメスタイル第1号』47ページより)

 これは樋口氏のいうことと異なる内容かと思いますが、根底に流れているのは同じような気がしますね。そういえば、『ピース』も『あの花』も舞台が秩父ですね。

ピース (中公文庫)

ピース (中公文庫)