ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『生か、死か』マイケル・ロボサム,越前敏弥訳,ハヤカワ・ポケット・ミステリ,2014,2016 ☆☆☆☆

 作者はオーストラリアのベテラン作家で自国ではこれまで賞を受賞し、本作で英国推理作家協会賞ゴールド・ダカー賞、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞最終候補となったそうです。

 主人公は現金輸送車襲撃事件の犯人として逮捕された男、オーディ・パーマー。彼は10年の刑に服していたが、あと一日で釈放されるところにもかかわらず、脱獄を行った。いったい何故そのようなことをしたのか?

 という謎で最後まで引っ張るクライム・ミステリです。主人公の目的は何なのか、それを追うようよう何者かに命令される友人が追って、さらにFBI捜査官が過去の逮捕された事件を絡めて追っていきます。三者の現在、オーディの過去の話をスピーディにからめて、端的に説明していくので非常に読みやすく、キャラクター造形は、あのエルモア・レナードを彷彿させました。

 ラストシーンがちょっと弱いかなと思いましたが、全体的にみれば、描写と説明のバランスの良さが気持ちよく、☆☆☆☆です。また、あらためて、現代にレナードをよみがえらせることができるのだと、レナードはオンリーワンの良い作家だったんだなとかみ締めました。

生か、死か (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

生か、死か (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

『2』野崎まど、メディアワークス文庫、2012――ロジカルな壮大なホラ話 ☆☆☆☆☆

 本書は何の予備知識もなく読み始めたのですが、野崎まど氏のとりあえず第1期の最後といえる作品でした。傑作です。今までの野崎氏の作品を伏線として、次第に、そしてたたみかけるように、ある壮大なホラ話となっていく様は、快楽としかいいようがありません。欠点と言えば、それを味わうためには、『アムリタ』からすべての作品を読まなくてはならないことだけです。

 本書は、今までの野崎作品と同様に、作品内でのロジカルな展開から、最後はSF的なオチへと向かいます。一見、非常に説得力があるように書かれているのですが、なぜ、そうなるのか、というと説明されていません。しかし、読者はその論理に連れて行かれてしまいます。これは、なかなかできることではありません。非常に限られた作家がもつ才能です。

2 (メディアワークス文庫)

2 (メディアワークス文庫)

 

 

『スリップに気をつけて』 A・A・フェア,宇野利泰訳,ハヤカワ・ミステリ 426,1957,1958――脅迫者を捜すラム

 バーサ・クール&ドナルド・ラム・シリーズ全29作中、17番目の作品。

 パーティで酔っ払った男が、若い女と一緒にホテルに行って、その女との情事がばれたくなければ金を払え、という脅迫の手紙が届いたので、どうにかしてほしいという依頼があった。その脅迫した人物を捜しに、ラムは若い女を捜す。

 中途でその脅迫した人物がホテルに胸に銃弾が撃たれて死体となって発見された。ラムはそれを発見したものの、警察に連絡することなく、依頼人の以来の捜査を続けるのだが……。

 ラムは口八丁で、女に取り入れ、男を捜し出すのですが、そこが冗漫だといえば冗漫だし、面白いと思えば面白い。ラストは、いきなり別の事件が関わって、ラムの独り語りで解決するのですが、あまりにも突飛で驚きました。最初から読み返すと一応は伏線が張っているのですが、もうちょっとはっきり絡ませて欲しかったですね。というわkで☆☆☆というところです。事件そのものは、メイスン・シリーズとは異なっていて、良かったんですけどね。

スリップに気をつけて (ハヤカワ・ミステリ 426)

スリップに気をつけて (ハヤカワ・ミステリ 426)

 

 

『沈黙の町で』奥田英朗,朝日文庫,2013,2016――中学時代は自由のないきつい世界 ☆☆☆☆

 久しぶりの奥田英朗氏の作品。本作は新聞連載時から評判を知っていて、いつか読もうと思っている内に時間が経ってしまいました。奥田氏の作品は、ギャグも良いけれど、犯罪小説系でしたら読みたいと思うので、本作のような構成・タッチで、エルロイのような作品を書いて欲しいですね。

 北関東の中学校で、ある男子生徒が放課後、死体となって発見された。部室棟の近くの大木から落ちたらしい。警察を調べると、その生徒はイジメを受けていたことがわかる。警察は、携帯電話の履歴などから、14歳の2名の男子生徒を傷害容疑で逮捕、13歳の2名を児童相談所に収容した。イジメと今回の事故に因果関係はあるのか? 彼ら4名は死んだ少年と一緒にいたのだが、先に学校から帰ってアリバイはないと主張するのだが。

 最初から飛ばしまくりで、久しぶりの一気読みです。それでいながら、各登場人物が丁寧に描かれていて、非常に面白い。中学校の学園をまたがる微妙な力関係、人間関係が記されていて、中学時代とはこのような自由のないきつい世界だった、二度と戻りたくないと体感させてくれます。

 被害者の少年が、いかにもイジメを受けやすい行動をとっていますが、私としては彼の描写が欲しかったなと思います。例えば、クラスメートの普通の女子が、彼の挨拶ができない、お礼ができない、感謝しない、乱暴な口をたたくなどの被害を受けたりするのですが、それではイジメを受けるのも仕方がない、私でもそうするかもしれない、と読者に思わせるのですが、作者はそれにも「理由」があるかのように描写しています。これを示すかどうか、非常に迷ったのでしょうが、私は示さないという選択をしたのは正しいと思うのですが。

沈黙の町で (朝日文庫)

沈黙の町で (朝日文庫)

 

 

『緋色の囁き』綾辻行人,講談社文庫,1993,1997ーー名門女子高の寮の連続殺人事件

 綾辻氏の第4作目の作品(出版リストが出ているあとがきは便利だね)。本書が出版された当時、私は社会派には興味を持っていなかったものの、新本格派には入れ込んでいませんでした。それでも、『館シリーズ』の謎解き派が、本書のような謎解きとは別のミステリを書いたことは知っていました。

 古くからある名門の女子高に、和泉冴子は転校してきた。全寮制で寮に入ったのだが、同室のクラスメートが、寮内の開かずの間で焼死した。自殺とされたが、彼女の生前の様子から冴子にはそう思わなかった。その後、刃物によるクラスメートに対する連続殺人が起こった。いったい誰が犯人なのか?

 「緋色」を冒頭から至るところに挟み込み、それが不気味な雰囲気を形作るとともに、伏線になっています。このような伏線の張り方は、私の好みではないのですが、最後に暴かれたところで、なるほどと思います。最初の殺人は、ひょっとしたらアレかなと思っていたのですが、違いました。謎解き好きに対するうまいミスリードですね。犯人像も、実は最近読んだ海外ミステリと偶然似ていて、おそらくクリスティとは異なる犯人像の作成を目指していたところ、その方向性が同じになったということでしょう。

 一つの殺人事件がを目撃した人物が、それに触発されて、殺人を行うという、第一の事件とそれ以降の事件の犯人がことなるという仕掛け、また、その触発が人間の狂気に呼応した結果であることなどは上手いと思います。この触発シーンは映像化したら非常に盛り上がるでしょうね。

 しかし、この名門の女子高という舞台、女子高生ばかりの登場人物、魔女をモチーフにした話の展開が、どうにもこうにも私には合わなく、前半はちょっと退屈で時間がかかってしまったこと、またあまりにも精神障害に頼ったストーリー展開に共感できないため、☆☆☆★というところです。このような雰囲気が好きな人はたまらないんでしょうね。

 それにしても、綾辻氏の作品を読むたびに、なぜ綾辻氏は名探偵を出さないのですか、という疑問が浮かびます。やはり、リアリティを生じさせるためなのでしょうか。綾辻氏以降の新本格派がすんなりと名探偵を登場させてるんですが……。 

緋色の囁き (講談社文庫)

緋色の囁き (講談社文庫)

 

 

「特集 2016新書大賞」『中央公論 2016年 03 月号』2016

 毎年行われている、新書大賞ですが、すっかり忘れていました。こういうのは、なるべく追っかけておきたいですね。

 まあ毎年書いていることですが、最近の新書は読み応えがあるものがなく、もっとある事柄の基礎文献となるものが欲しいです。昔のリメイクでもいいです。例えば、哲学者シリーズなど、古代から哲学者を一人ひとり紹介してくものなどですね。

 また『現代のエスプリ』がなくなって随分経ちますが、それを引き継げるのは新書だと思うんです。心理系はさまざまな試みがされていて、ネタの宝庫なんですよ。

 それでベスト20から読みたいと思う本はありませんでした。新書の企画の流行が、私の興味とずれているんですかねえ。実際に手に取ってみたら違うのでしょうが。 

中央公論 2016年 03 月号 [雑誌]

中央公論 2016年 03 月号 [雑誌]

 

 

『森を抜ける道』コリン・デクスター、大庭忠男訳、ハヤカワ ポケット ミステリ、1992、1993ーーなぜ失踪した女子学生を探す詩が送られてきたか?

 コリン・デクスターのモース主任警部シリーズ・全13作中に第9作目の作品。残りは少なくなってきました。本作は、英国推理作家協会賞ゴールド・ダカー受賞作ということは、トップの作品ですね。トリックそのものは、そういう作品です。 

 休暇でホテルに滞在していたモース主任警部は、『タイムズ』に警察から、詩の解読への協力を依頼した記事を見かけた。その記事によると、一年前のスウェーデンの女子学生が失踪した事件と関連がある詩が警察に送られてきた。その謎解きのために掲載された詩は、「わたしを見つけて、スウェーデンの娘を」で始まるものだった。事件が気になったモースは捜査を始めるのだが……。 

 最後は二転三転していき、少し意外な結果にもたらすところが、トリックだけに注視すれば、☆☆☆☆というところです。しかし、なんでこんなにわかりづらい文章や構成にするんですかねえ。時系列がバラバラでした。また、詩を公開して、読者からそれぞれ推理を披露するという形ですが、まったく面白いとは思えませんでした。  

森を抜ける道 (ハヤカワ ポケット ミステリ)

森を抜ける道 (ハヤカワ ポケット ミステリ)