hoshi-itsu’s 本にまつわるblog

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『天啓の殺意』中町信、創元推理文庫、1982、2005ーー時代を超えるということ

 中町信の第6作目の作品。もとのタイトルは『散歩する死者』で創元推理文庫になるときに改題された。読んでみると、当時の欧米の謎解きミステリを知った上で、それを乗り越えていく野心的な作品でした。中途が退屈だったのが残念ですが。というわけで☆☆☆★というところです。

 それにしても、ガチガチの謎解きミステリというものは、風俗ではなく人間の論理そのものを中心に据えているため、案外古びれることがなく時代を超えてしまう可能性があることがわかります。 

天啓の殺意 (創元推理文庫)

天啓の殺意 (創元推理文庫)

『マイホームヒーロー 第1巻~第7巻』山川直輝原作、朝基まさし作画、ヤングマガジンコミックス、2017~2019ーー先読みをまったくさせてくれない作品

 私が歳をとったせいだろうか、主人公に共感してしまって、連載の1回めから目を離せない作品。とともに、先読みをまったくさせてくれない作品。少々ずるい部分もあるけれど、読者に先を読ませないためには、こうすればよいという見本を見せてくれる。

 40代の営業のサラリーマンの主人公・鳥栖哲雄は、ふとしたことから娘が半グレの男と付き合っているのを知ってしまって、思わず殺してしまう。鳥栖哲雄は必死になって死体を処理するが、半グレに仲間たちが殺された男がどこに消えてしまったか追うことになった。その一人が主人公に当たりをつけて探ってくる…。鳥栖哲雄は嗅ぎ回れても、必死に犯罪を隠蔽するのだが、目隠しされて拉致されてしまう。そして半グレどもに犯人を探してあげましょうと提案をし、半グレの一人を罠にかけるのだが…。

 ずるいというのは、キャラクターたちが殺人の対処法や犯罪方法について詳しすぎるという点だけど、推理小説作家志望の主人公だったり、上昇志向が強い半グレだったり、犯罪グループだったり、設定をうまく活かしている。

 これは原作者のチカラであるけれど、どうも作画の人がうまくそれを効果的に見せるように、ご都合主義のあらが見えないように処理している。ご都合主義というのは、主人公が綱渡りのように例えば盗撮などを行っているが、実際には一度くらいシュミレーションをしないとうまく扱えないだろうなどという点だ。そのご都合主義が鼻につく人がいるかもしれないけど、連載で読むぶんには気にならない。あまり評価を聞いたことがないので、このあたりで挙げておきたい。  

マイホームヒーロー(7) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(7) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(6) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(6) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(5) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(5) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(4) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(4) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(3) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(3) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(2) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(2) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(1) (ヤングマガジンコミックス)

マイホームヒーロー(1) (ヤングマガジンコミックス)

『アナバシス―敵中横断6000キロ』クセノポン、松平千秋訳、岩波文庫、紀元前370年代、2002ーー脱出はエンタメの基本ですね

 近所の図書館の新入荷コーナーに置いてあったのをたまたま拾い上げて読んでしまったノンフィクション・ノベル?(そこには三島由紀夫の現在の新潮文庫の活字の大きさにリメイクされた『午後の曳航』もあった)

 手にとった理由は、「クセノポン…どっかで聞いたことあるな」であり、「サブタイトルの『敵中横断6000キロ』というのは冒険小説っぽくて面白そうだな」であり、解説を読むと「あの『ソクラテスの弁明』の作者か」と驚いた。そうすると哲学者が軍人であるということになる。かねがね不思議に思っていたのが、哲学者と軍人が同一人物であるということだ。どのように一人の人間のなかで両立していたのか、それを知るためには、このようなノンフィクション(といっていいのかわからないけど)を読むのが手がかりになるのではないかと考えた。

 あと実際に少し文章を読むと、非常に読みやすい。この難しいと思っていたけど、実際にはつるつる読める平易な文章だったというのは、岩波文庫に多い。元本はちくま書房だったようだけど、岩波文庫はかなり編集方針として、平易な文章でなくてはならないというものがあるのではないだろうか?

 もとに戻って、舞台は古代ペルシャで、その国王には二人の息子がいて、優秀でない長男が王国を継いだのだが、嫉妬した優秀な次男が国を乗っ取ろうとクーデターを起こした。そのときに傭兵としてギリシャ兵などが雇われ、その一人がクセノポン。その次男に心を奪われていたので力をかそうとしたわけだけど、15000名の軍隊で攻めたが、裏切りにあって、次男は殺され、軍隊の指揮者も騙されて殺された。指揮者がいない軍隊が敵のど真ん中で放り出されたので、新たな指揮官をみんなで決めて任命して、6000キロの距離を10000名以上の傭兵集団が2年をかけてギリシャまで脱出するという話である。

 考えてみれば、冒険小説・エンタテインメント小説の基本設定と変わらない。したがって、非常に思いがけなく面白い。どのように進んでいったのか、まあその土地々々で話し合ったり略奪したりなんですけど、危機的状況になるとみんなで話し合って対処して行動するわけである。

 ここでクセノポンがプラトンの弟子よろしくうまい説明をして、どうにかこうにか切り抜ける。それがあまりにも多すぎて、クセノポンが自分の覚えていることだけ記述したのじゃないかというほど。またクセノポンも偉そうにしないので、逆にかっこよく書いているんじゃないかと思ってしまう。というわけで、冒険小説と言うにはシンプルすぎるけど、おすすめです。

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)

 

『アマゾンの料理人―世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』太田哲雄、講談社、2018

 先日、「激レアさんを連れてきた。」で放送された料理人の自伝的エッセイ集。内容的には「激レアさん」というよりも「クレージージャーニー」に近いけど、著者が非常に楽天的で、普通の人なら苦労としてじくじく記せるところをさらっと「こんなことがあった」というかのように書き流す。あまり自慢をしたくない人なのだろう。料理人のことはわからないけど、ここまで行動力があることが非常に羨ましい。

 文体は典型的なライターのもので、非常に読みやすいのはグッドです。 

アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所

アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所

『拳銃使いの娘』ジョーダン・ハーパー、鈴木恵訳、ハヤカワ・ミステリ1939、2017、2019

 人気脚本家のミステリ小説デビュー作で、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞受賞作。好意的な書評が多かったことと、最近のミステリにしては薄かったので手に取りましたが、わたしにはダメだった…。こういう、あえて破滅に向かっていく筋書きって昔は好きだったのですが、最近受け付けなくなってきました。それでも最後までは読み切ることができました。というのは描写が非常に映像的でテレビなり映画なり頭の中に浮かびます。というわけで、☆☆☆★です。

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

『コールドゲーム』荻原浩、新潮文庫、2002、2005ーー学園ミステリの魅力を大いに備えた佳作

 荻原浩氏の初期の高校生を主役にしたミステリ。高校3年生の夏休みを描いていて舞台が学校ではないので厳密には学園ミステリとはいえないけど、学校という窮屈な舞台を描いた学園ミステリの魅力を大いに備えた佳作で☆☆☆☆というところです。やっぱり文章がうまくてスルスル読めて、最後に苦い結末があるというのがたまらないですね。 

コールドゲーム (新潮文庫)

コールドゲーム (新潮文庫)

『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル、橘明美訳、文春文庫、2012、2016ーー読者を途中でやめさせない小説

 カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの長編第3作目の最終作品。ルメートルはミステリマニアのようで、このシリーズでも多くの作家に対して言及していますが、単なる引用というわけではなく、どのようにしたら読者に対して中途でやめさせないか、非常に研究している作家であり、それを実現させている作品だと思います。そのためには、多少の矛盾を無視していますので、それが気になる人にとってはイマイチに感じるでしょう。本作は構成がシンプルなためか最初から最後まで一気に読み切ることができます。

 宝石店の襲撃犯に偶然遭遇した女性・アンヌが暴力に巻き込まれ、銃などで殴られて顔面の骨折など重症を負った。その女性と親しい仲であったカミーユは女性の部屋の荒らされ方から偶然ではなく、犯人は女性をもう一度襲ってくると確信した。女性との関係性を出すことなく内密にそして警察組織を利用して令状なしで捜査をするなど強引なことを行ったカミーユであったが……。

 まさにノンストップ・サスペンス・ミステリで、前述したように最後まで一気読み。またカミーユとアンヌに対する描写が非常に引きつける。前2作とも同様に、肉体の痛みについて執拗に描写をして読者に感じさせる。というわけで、☆☆☆☆というところです。

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)