hoshi-itsu’s 本にまつわるblog

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン、長良和美訳、創元推理文庫、1995、1998ーー老人ホームでの殺人

  リディア・チン&ビル・スミスシリーズ第2作目で、1996年シェイマス賞長編賞受賞作。第1作目は中国女性のリディアが主人公だったけど、本作は男性の私立探偵のビル・スミスが「わたし」であり主人公。この理由はわからないけど、いろいろな事件を対象にしたいということだろうか。

 元私立探偵のビルは脳卒中になったあと仕事として警備会社に仕事を得て老人ホームで警備員をしていたが、そこでビルの甥のボビーがめちゃくちゃに暴行を受けて殺され、警察は犯人を近辺のチンピラグループではないかと目星をつけていた。それに納得できないボビーは犯人捜しをビルに依頼する。ビルは老人ホームの警備員となって潜入捜査を行った。

 老人ホーム内の殺人事件を捜査するというストーリーですが、犯人はというと少し社会派であり、本書のような原因で起きる事件は日本でも起きてもおかしくない事件でした。第1作目が私立探偵小説の教科書どおりとしましたら、第2作目は少し意欲的に作者の個性が出されてきています。というわけで、☆☆☆★というところです。 

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)

『流れは、いつか海へと』ウォルター・モズリイ、田村義進訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2019ーーすべての陰謀は流れゆく

 ウォルター・モズリイは処女作の『ブルードレスの女』を新刊で読んで失望して以来読んでいない。その処女作は面白くなかったからだ。しかしアメリカで評価を受けているということは翻訳されたもの以外のことが評価されていると感じた。たとえば文体や会話などだ。

 本書は書店で見かけた。購入した理由は、アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀長篇賞を受賞したこと、もう一つは「これが、人生を描くということだ」という原尞氏の推薦コメントと、私の心にひっかかるタイトルだったからである。

  原尞氏は昔『ハヤカワミステリマガジン』のその年のベスト3冊を挙げる号において、独特の選び方をしていた。正確ではないが、自分が小説を書くようになってからは、読むに耐えうるミステリが少なくなったようで、最初は結構その年の話題作を挙げていたような気がするが、年々1冊など少なくなり、しまいには晩年のビャビン・ライアルとロス・トーマスの新作を挙げるのみになってしまった。そういうのは、わかるような気がする。その原氏が珍しく推薦したのだ。

 主人公は元刑事の私立探偵のジョー・オリヴァーで、私立探偵になった理由は十三年前の刑事時代に誰かに冤罪をきせられ犯罪者になったからである。そのジョーのもとに、冤罪の証言を行った女性から謝罪の手紙を受け取った。その証言をしなくてはならない事情があった。同時に、警官を殺害したジャーナリストの冤罪を証明してほしいという依頼を受けた。ジョーはそれぞれの事件を探っていくのだが……。

 二つの事件を読者が混乱することなく、それぞれの事件に関わる当事者に会っていき、少しずつその陰謀が小刻みに暴かれていく。まるでこのように語らなければ読者には見放されてしまうと考えているようにも思える。そのため、中途で飽きることがなく、進んでいく。ラストシーンでは絶望的な状況のなかでどのように突破するかがクライマックスとして用意されている。このクライマックスが『バナナフィッシュ』のようなのだ。というわけで、☆☆☆★というところである。 

流れは、いつか海へと (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

流れは、いつか海へと (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

『青銅ランプの呪』カーター・ディクスン、後藤安彦訳、創元推理文庫、1945、1983ーー人間消失トリックの謎に挑む

 ヘンリ・メリヴェール卿もの第16長編ですから、わりあい後期ともいえます。表4に「人間消失の謎に挑んだ名作」と紹介されています。

 エジプトから青銅ランプを持ち帰ったヘレン・ローリング嬢は、自宅の屋敷に入ったあとで、その屋敷からランプだけを残して消えてしまった。王家の墓から発掘された青銅ランプの呪いなのか? ヘレンを探しているうちに、ヘレンの父親のセヴァーン卿も屋敷で消えてしまった。ロンドン警視庁の警部は殺人ではないかと捜査を始める。ヘンリ・メリヴェール卿も依頼を受けて調査を始めるのだが…。

 この人間消失のトリックですが、どうもシチュエーションから、抜け穴があるのではないか、もしなかったら誰かに変装しているのではないか、いや変装しているのだったらすぐにバレてしまうしなあ、と考えつつ読んだのですが、アレだったのには驚きました。最後に真相を披露するメリヴェール卿ですが、確かに伏線はきちんと張っているけどなあ、という感じがします。でも、犯人の動機はよかったかな、というわけで、☆☆☆★というところです。 

『貧困女子のリアル』沢木文、小学館新書、2016

 貧困というと生まれや環境からどうしようも対策を立てようもないものを浮かべますが、本書はそのなかの一部を記した11名のインタビュー・ルポで、誰もが一歩間違えれば陥るかもしれない事例でしたので、非常に興味深かった。筆者が女性のためか、男性著者の場合と、少し別の面が現れているような気がします。

 個人的には、エピソード10の出版社の雑誌編集の契約社員の人、エピソード11の転職を重ねてブラック企業に努めている人が、身近に似た人がいるためか、もしかしたら、あの人はこんなことを考えているかもしれないという意味で面白かったですね。

 本書の成り立ちとしてはネットでアップした原稿が評判を読んだため、さらにインタビューを重ねて新書化したものだそうで、ネット掲載されたものは紙では売れないと言われますが、私もネット連載を構成し直して単行本を制作したことがあり、そこそこ売れましたし、とくに新書というものは手軽さがそういうものでいい感じがします。下記のようなものは大変ですけどね。

(中略)引き抜かれた出版社に行ったら、そこが超ブラックだったんです。単行本のノルマが月3冊(通常毎月1冊)、営業、企画、販売などすべてやらなければならず……。それに、毎月朝礼があって、前日の営業成績などが悪かった人が女子から吊し上げを食らうんです。(178頁より)

  月1冊でも信じられないのになあ……。 

貧困女子のリアル (小学館新書)

貧困女子のリアル (小学館新書)

『錆びた滑車』若竹七海、文春文庫、2018ーー濃密でいくつかのストーリーが絡まる

 実を言うと随分前に読んだのですが、どうも当時心が死んでいたらしく記録をすることができなかったものの一つです。ですので印象のみ記します。

 葉村晶シリーズ第6作目の作品。ベテランとも言える作家がこのようなムダの少ない濃密でいくつかのストーリーが絡まるお話を紡ぐのが不思議な感じがします。

 また、このシリーズは主人公のキャラクターとハードボイルド風の文体が統一しているのですが、ストーリーそのものは、謎解き、ハードボイルド、スリラーとバラエティなのが魅力の一つといえるでしょう。そのような中で本作は、キンジー物に近い感じがします。

 そのためか、それとも私の調子が悪かったためか、これまでのシリーズ物と異なり、なかなかストーリーが頭に入ってきません。一つ一つのエピソードが一旦でも終わらないまま次のエピソードが始まるためのような気がします。一体これなんの話だっけと思って前のエピソードに戻ることが複数回ありました。

 というわけで、☆☆☆★というところです。とはいえ、複雑なストーリーをお好みの方にとっては、非常に満足できる作品でしょう。

 中途で会話が吉田秋生の漫画のようなテンポで話されており、頭の中で吉田秋生の漫画で改変されたこともしばしばありました。 

錆びた滑車 (文春文庫)

錆びた滑車 (文春文庫)

『聖女の救済』 東野圭吾、文春文庫、2008、2012ーーほとんど全編がハウダニットの推理小説

 日本ミステリを読もうと思って手に出したのは、東野圭吾氏のガリレオシリーズの第4作目の作品で長編としては、『容疑者Xの献身』の次の作品に当たります。私としては発表当時の評判はまったく覚えていません。というか東野氏の作品はやたら評判がよいというイメージがありますが、作品に区別がつきません。

 作風はデビュー時は赤川次郎と謎解きミステリの融合というか、はっきりした作風が見えず、『眠りの森』では作風をはっきりしようと苦闘しているなあ、と思っていました。その後、トリックそのものによって読者の感情をコントロールするという作風を『白夜行』あたりで確立したのかなと感じました。

 私にとって東野氏はあまり読んではいないのですが、好きなのは、動機が好きな『放課後』、内容が意欲的な『どちらかが彼女を殺した』ですね。

 本作はその登場人物の少なさという意味で、『どちらかが彼女を殺した』(こちらはフーダニットですが)に似ていますが、どのように殺人を犯したのかを推理するハウダニット・ミステリであり、ほぼ犯人を特定したままで、これはよほど驚きがないとつまらない内容になるのですが、『虚数解』というキーワードを引き出すようなトリックでした。

 私としては驚いたのが、ほとんど全編がハウダニットの推理に用いられていることです。アクションや行動がまったくありません。それだけで400ページ以上読者を引っ張るのは、ものすごいなと感じます。というわけで、☆☆☆★というところです。

聖女の救済 (文春文庫)

聖女の救済 (文春文庫)

 

『目くらましの道 』ヘニング・マンケル、柳沢由実子訳、創元推理文庫、1995、2007ーー謎解きミステリを警察小説で置き換える

 クルト・ヴァランダー警部シリーズの第5作目の作品で、英国推理作家協会賞(CWA賞)最優秀長編賞作。代表作の一つといっていいでしょう。1995年発表でなんと20年以上前の作品で、いかにも当時流行ったシリアルキラー的な、斧で殺害し頭皮を剥がしていく犯人の連続殺人事件で、それぞれの共通点はいったい何のかを推察していきながら、犯人を追い詰めるミステリ。

 しかし作者は中途で犯人の描写をしてしまうため、犯人像が珍しいものであるものの、推理的要素やどんでん返し要素を失っているのが残念です。

 犯人像はある有名なミステリから転用したもので、日本では本作品発表後に実際にそのような犯人が逮捕されているので、その点リアリティ満点です。

 というわけで、☆☆☆★というところです。おそらくは当時は本作が非常に評価されていたかと思いますが、その多くは模倣され陳腐化されているので、今から見ると『殺人者の顔』のほうが読後感のよいミステリだと思うけどなあ。もっと早く読むべき作品でした。 

目くらましの道 下 (創元推理文庫)

目くらましの道 下 (創元推理文庫)

目くらましの道 上 (創元推理文庫)

目くらましの道 上 (創元推理文庫)