ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『グレイラットの殺人』 M・W・クレイヴン 、東野さやか訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2021、2023ーースリラーと謎解きの融合

 クレイヴンの4作目の作品。ワシントン・ポーのシリーズ最新作です。前作までは謎解きミステリ一直線でストーリーに二転三転ありましたが、本作ではスリラー的要素も含んだものとなっています。しかし、事件を盛り込みすぎている感じがして、本筋になかなか入っていかなかったという印象です。もうちょっと謎解きミステリとしてではなく、スリラーとして読んだほうが楽しめたのかなと失敗しました。

 殺人事件が起きて、事件解決を政府から受けたポーですが、被害者の経歴を調べていくうちに、軍人時代の人間関係と事件がからんでいくというもので、おそらくはイギリスでは有名な事件が元となっているようで、まったく知らなったので本筋に入るまで大変でした。

 確か『パイナップルアーミー』でフォークランド紛争において、イギリスの軍同士が打ち合いになったというエピソードが紹介されていましたが、本作で同じエピソードが紹介されていました。これはイギリスでは戦争の悲劇として象徴的なエピソードなんでしょう。

 というわけで、謎解き要素と意外な犯人要素が少し弱いなと感じたところで、☆☆☆★というところです。ちょっと長すぎたなあ。この作家の作品を読むたびに、文章が上手くないなあ(決して下手ではないけれど)と感じるのはなんでだろう?

『頬に哀しみを刻め』S・A コスビー、加賀山卓朗訳、ハーパーBOOKS、2021、2023ーーよくできたアメリカ映画の原作

 新人作家コスビーの第2作目の作品。アメリカ映画っぽい、息子を殺された父親二人のバディが犯人を捜しまわる復讐+ノワールもの。

 以前、第1作目の『黒き荒野の果て』を読もうと手にとってけれど、視点がコロコロ変わって読みづらくで最初の方であきらめてしまいました。本作では、視点の乱れは少々残るものの、再度の挑戦で、とりあえず最後までたどり着きました。

 ほかに視点がバラバラで読みづらかった作家として、クリスチアナ・ブランドがあげられます。『緑は危険』はダメでしたね。

 バディ二人が復讐に身を焦がし、過去を回想しながら、凶悪な犯人にたどり着くというストーリーでかつ、あまり謎解き要素はなく、犯人は社会的に憎むべき人物像で意外性がなく、クライマックスは派手で、単純なプロットで、視点はコロコロ変化し、まさに映画のようなミステリという感じでした。

 本作は評価されているのは、まさにそれらが好転して、きちんとしたエンタメになっており、加えて、あまり仲がよくなかった二人の父親の主人公が、息子たちの過去を知って、斬鬼の念を味わうところに共感を呼ぶのでしょう。私はこのようなキャラクターは阿保らしいと感じて、共感しませんでしたが。

 というわけで、☆☆☆★といったところです。

 

『トゥルー・クライム・ストーリー』ジョセフ・ノックス、池田真紀子訳、新潮文庫、2021、2023ーー信用できな語り手は疲れる

 ノックスの評判のよいノン・シリーズということで手に取ったけど、結論をいえば、まあ後悔。地の分がなく、インタビューとメールのみの本文が700頁近くあって、読んでも読んでも終わらない。

 マンチェスター大学の女子大生ゾーイ・ノーランが失踪して、6年経過したあと、新人作家のイヴリンは関係者にインタビューを行い、その結果を本作家のノックスにメールで原稿を送って、それを原稿としたノンフィクションという体裁の小説。

 インタビューだから登場人物がどのような「行動」を起こしているのかを把握するのに脳を切り替えなくてはならず、中途まで進んだところで、ようやく切り替わった感じで、またインタビューは無駄な描写が多く、どれがキーポイントかをつかむのに疲れる。また、すべての登場人物が信用できない語り手だけど、なにしろ長いから、どんどんスルーしてしまった。結局、真犯人は当てられず。というよりも、指摘されている犯人が本当に真犯人なのか?

 というわけで、☆☆☆というところです。本作は僕とは相性が悪かったなあ。

『フィッシュストーリー』伊坂幸太郎、新潮文庫、2007

 伊坂幸太郎氏の「動物園のエンジン」「サクリファイス」「フィッシュストーリー」「ポテチ」の 4つの短編を収めた短編集。僕としては、「サクリファイス」が面白かったかな。

『渇きの地』クリス・ハマー, 山中朝晶訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2018、2023ーージャーナリストが事件の真相を探るということは

 版元の「究極のホワイダニット・ミステリ」というコピー紹介、複数の書評で好評だったこと、作者がオーストラリアのジャーナリストのフィクションデビュー作で、英国推理作家協会(CWA)賞最優秀新人賞作であること、舞台が現代であることから手に取りました。

 主人公の新聞記者のマーティンはオーストラリアの田舎町で1年前に起こった牧師による銃乱射殺人事件の取材に訪れた。実際に取材をしていくと、複数の住民が牧師が起こした理由を信じていなかった。マーティンは事件の真相を探っていく。すると2名の観光客の死体が発見された…。

 冒頭は、記者が田舎町を歩き回り、町人に話を聞いていくというスタイルなので、淡々と事実を収集していくだけで、その割には描写が細かく、改行がほとんどないなど走り読みをしつつ、少しずつ世界が歪んでいる感じを受け取る。

 マーティンが事件についてある程度取材を行うと、文章をまとめて、記事を送るというスタイルで、そのために警官が自殺してしまい、テレビに取材を受けて、切り取られたインタビューで愚かな警官とテレビで放映されてしまい、新聞社から首を言い渡されるなど、マスコミ小説的な視点が読者を惹きつけます。

 真相は陰謀論などがあるなど、非常に複雑で、最後の100頁は理解するのに大変で、なかなか読み進められませんでした。この半分の分量だったらなあと嘆きつつ、☆☆☆★というところです。

 このキャラクター以前出てたっけと思うことが多く、残念ながら、なんとなく読者にフェアな感じがしないんですよね。でも、これがリアリティなんですかね。

『禁じられた館』ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル 、 小林晋訳、扶桑社ミステリー、1932、2023ーー謎解きミステリの佳品

 書評で評価されて気になって、手に取って、翻訳者の解説を読んで、手に取りました。訳者は未訳のミステリを捜して読んで紹介しているようだけど、1957年生まれということはそこそこの年齢だから半分道楽なのか、それとも仕事をとる戦略なのか、わからないけれど、そこに惹かれました。謎解きミステリならマニアが一定数いて全員が購入するから、その数字分だけは売れるだろうという出版社の計算なのだろうと思いますが、それならハードカバーにして高い定価にするという戦略もあるかと思いますが。

 ストーリーはというと、90年前のフランス謎解きミステリということで、古典的な設定で、案外面白い。金持ちが建てた大きな館は持ち主、続いて館を購入した人など死んでしまった。飲食産業で成功した富豪がその館を購入すると、一か月以内に館から出ていくよう匿名の手紙で脅迫を受ける。富豪はそれを信じることなく住み続けるのだが、所有者は館の中で銃で撃ち殺されてしまう。その夜に誰も出て行った形跡はない。いったい犯人は誰なのか?

 トリックそのものは当時の常識からいうと、とてもかけ離れたものですが、現在の状況からでは、けっこう容易に犯人を指摘できます。まあ僕は犯人がわからなかったけど。先日のアガサ・クリスティも犯人の動機は当時の事情に多くを寄っていました。

 というわけで☆☆☆★というところです。非常に読みやすいのもよかった。

『リトル・シスター 』レイモンド ・チャンドラー、村上春樹(訳)、ハヤカワ・ミステリ文庫、1949、2017ーーチャンドラーはあくまでストイック

 レイモンド・チャンドラーの長編5作目の作品で、村上春樹の新訳版。旧訳の『かわいい女』はずいぶん昔に複数回読んでいます。新訳はこんなに長かったかなと思うくらいページ数が増えている。『かわいい女』は薄かったからね。それでもストーリーはまったく覚えていません。

 今回読んでみて、匿名電話でホテルに呼び出されたマーロウが、ホテル探偵と会話してるところは思い出した。ホテルの一室に呼ばれる探偵というエピソードはエラリー・クイーンでもあったような気がする。よくあるシチュエーションなのかもしれない。

 とても複雑なプロットとストーリーで、読者として、マーロウの言動に振り回されてしまう。新鮮ですらあり、非常に面白い。

 マーロウの減らず口も不自然なほど際立っていて、犯人像もいかにもな感じがして、プロットの歪さ、ストイックさも含めて、ザ・ハードボイルドといってもよい作品だ。これをリアリティある物語として読むには、コメディとしてとらえたほうがよいかもしれない。

 先日のアガサ・クリスティでも思ったけど、後頭部にナイフやアイスピックで刺したりして、けっこう簡単に人を殺しているのに驚く。

 本作はマーロウの行動というか動作がけっこう細かく描写されている。新しい舞台やシーンになるとマーロウはかなり詳しく描写する。まるでクラシックな謎解きミステリ並みである。

 私の耳の中で電話が切れた。私は受話器を置いた。わけもなく、鉛筆が一本机の上から転がり落ちて、机の脚の下にあるガラスの何かにあたり、芯の先が折れた。私はゆっくりかがんでそれを拾い上げ、窓枠の端にねじ止めしたボストン型鉛筆削りで時間をかけて丁寧に削った。きれいにむらなく削るように鉛筆を回転させた。その鉛筆を机の上のトレイに置き、手についたほこりを払った。時間ならいくらでもある。窓の外に目をやった。何も見えない。何も聞こえない。(75頁より)

 本作は、チャンドラーがハリウッドでビリー・ワイルダーといっしょに脚本を書いていて、心身が疲弊していたとはいえ、このへんの行動描写は映画脚本の影響に思える。

 いま新作として翻訳されたら、ランキング上位あるいは一位になるのではないか。全編にわたってマーロウがキビキビ動いている。

 タイトルも『かわいい女』より『リトル・シスター』のほうがよいと思う。このタイトルの意味が出てきたシーンでは思わず唸ってしまった。

 というわけで☆☆☆☆というところである。うーん、作家としてのストイックさにレベルが違うなあ。