ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『張込み』松本清張,新潮社,1965(○)

張込み (新潮文庫―傑作短篇集)

張込み (新潮文庫―傑作短篇集)

本書は松本清張の「傑作短編集(五)」であり,推理小説集です。「張込み」「顔」「声」「地方紙を買う女」「鬼畜」「一年半待て」「投影」「カルネアデスの舟板」の8編。
表題作「張込み」は映画化された名編ですね。もっとも私は未見ですが。そのほかの短編も,著者の平明な語り口がツルツル読ませてくれます。風俗はいささか古くささを感じるものの,それが「昭和」という時代を味わうことができます。
それぞれの短編は,純粋な意味での探偵役が存在して,推理をする展開がある推理小説ではありません。それでも「推理小説集」の名のごとく,いずれも皮肉な結末が待っており,推理小説的味わいが満載です。
例えば「投影」という作品では,中央の大新聞記者であった男が退社して,地方新聞社の記者と都落ちしたところから始まります。地方のつまらない新聞だと腐りながらも,ジャーナリズムあふれる田舎社長にあとを押され,自殺と警察が判断した,市政の権力争いにまつわる殺人事件を,地道な捜査を行って(この解決にちょっとしたトリックがあります),解決します。
また「カルネアデスの舟板」という作品では,歴史科の大学教授の師弟にまつわる殺人事件です。この世界観も古いなと思いつつ,実際あるんだよな,今と変わらないなと苦笑しつつ,また動機が「金」であるところも,そしてそれが通用してしまうところも時代を感じさせます。