ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『天然まんが家』

天然まんが家 (集英社文庫)

天然まんが家 (集英社文庫)

面白い。傑作。漫画史に興味がある人にとっては必読。まあ,私がこの本宮グループといってもよい分野に疎かったため,そのように感じたのかも知れないけど。

私にとっては,本宮ひろ志氏は不思議なマンガ家で,ルーツがよく分からないということも含めて,なんと評価したらよいか,分からないんですね。不良・ヤクザ物専門のマンガ家ではなく,時代物もものしていますし,短編にも味わい深い人情物もあり,幅広いジャンルを手がけています。その理由を解き明かしているエッセイ集です。

(ちなみに本宮氏が開拓した不良・ヤクザ分野は三流マンガの一分野として,確固たる地位を持っています。そのルーツは本宮氏にあると行っていいのではないでしょうか)

私が一番最初に本宮ひろ志氏の作品を読んだのが,当時の『週刊少年ジャンプ』に連載を始めた『やぶれかぶれ』でした。『やぶれかぶれ』は本宮ひろ志自身を主人公にした作品で,政治の世界にどのように関わっているかを“実況中継”するという内容でした。時には,田中角栄の秘書の早坂氏へのインタビューなど,絵は少なく活字ばかりというページもありました。

政治をテーマにしたものは,当然のように面白くないわけで,当初いちばん前であった掲載順位も,次第にラストに移っていったものです。

その後,『天地を喰らう』『赤竜王』などを連載で読むかたわら,過去の作品を読んでいきました。『男一匹ガキ大将』『硬派銀二郎』『俺の空』などの代表作を。

ところで,『週刊少年ジャンプ』は,本宮ひろ志を精神的な支柱として,部数を伸ばしてきた雑誌です。そのあたりの経緯は,西村元編集長のインタビューで解説されています(元本は手元にないので,確認ができませんが)。それが,80年代,高橋留美子氏,あだち充氏を中心にした『週刊少年サンデー』が『ジャンプ』を猛追していきます。

そんなとき,『ジャンプ』の編集者に請われて,編集会議にオブザーバーとして参加します。会議では,若手編集者の「ラブコメの方向に変えるべき」「読み切りスタイルの連載を多くすべき」という意見を聞いて,本宮氏はムカついて,以下のように発言をします。

「マンガの王道は,中央に流れる巨大なストーリーだ。その川を,ぶつ切りにして見せる引きだよ。来週どうなるかって,買いたいと思わせる強烈な引きだ」
「古いスよ,そんなの。それはあんたの考えで,今は,女の子と読み切りなんだ」
「ふざけんな,てめえら。お前らん中で,強烈な引きと巨大な川が流れる作品を扱った奴がいるのか」
「…………」
「やってもいねえで,古いだの,新しいだの喋ってんじゃねえ」
「しかし……」
「黙って聞け!! いいか,愛だの恋だの情なんてのは,勝手にくっついてくるんだ,作者の体ん中にあんだよ。そんなもの,オカズだ。中心を流れる川ってのは,主食だ。オカズがっか食ってたって,人間,満足するかよ。エンターテインメントってのは,川だ川ァ」
「…………」
「だったら,本宮さんやって下さいよ」
「俺はもう終わってんだよ,俺にゃあできねっ」
「だんだそれっ」
「よし,『ジャンプ』は,ラブコメ路線を一切排除,もう一度,引きの強烈な男の子のマンガを作ることに挑戦する」
 西村さんのその一言で,編集会議は終わった。

この会議については,西村氏の著作にも言及されているかと思います。確か,西村氏は,ラブコメを嫌悪しており,若手編集者からラブコメ系の企画ばかり出されてくるのを苦々しく感じていました。自分の編集方針を改めて伝えるための会議だったわけです(原本がないので間違っているかも知れません)。

ブコメ否定といっても,例えば『ストップ!ひばりくん!!』『キャッツアイ』『キックオフ』(最初はサッカー物として会議で騙して企画が通したんですね)など,時代に合わせたマンガが掲載され,この後,『ジャンプ』は,物語路線を突き進み,部数を伸ばしていきました。ですので,この本宮氏の発言は,正しかったといえました。

その他,本宮氏のルーツ,『硬派銀治郎』のオリジナリティ(第一話をもりたじゅん氏に作らせたこと),『サラリーマン金太郎』の戦略,『さわやか万太郎』を連載中にアシスタントに描いてもらったこと,『男樹』の発端における編集者の役割と変化,マンガプロデューサーといってもよい方法論など,興味深いエピソードが盛りだくさんのエッセイ集でした。