ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『メディアミックス化する日本』大塚英志,イースト新書,2014ー角川春樹氏と角川歴彦氏のメディアに対する考え方の根本的な違いとは何か

 本書を読むまで、角川春樹氏と角川歴彦氏のメディアに対する考え方の根本的な違いがあることを知りませんでした。中にいる人にとっては自明なことなのでしょう。本書では、角川書店がどうしてあのように変化したのかがよくわかります。

 帯では「KADOKAWAドワンゴの合併は何故、間違ってるか」と書かれていますが、「間違っている」とおかしな表現が著者の困惑さを表しているような気がします。著者は、それはWEB企業には倫理がないからだとしています(違うかもしれないけど)。私企業が文化生成システムを管理するということは、遠からず間違った管理が生まれる、と言うことらしいのですが、それは今電通などの広告私企業がしていることと同じです。

 メディアミックス化は、成功すれば利益が大きいため、誰もが、また企業が目指すのは仕方がありません。そのために投資も必要になり、失敗すれば損害も大きくなります。つまりリスクを背負わなくてはなりません。それを背負えるのが、またリスクを回避する可能性を高める投資を行えるのが企業なのです。また、著作権も分散されうるここともあります。KADOKAWAは、それをうまくやったということなのでしょう。ライトノベルの寡占化は、必然的だったのです。 

 

『欲望の爪痕』スティーヴン・グリーンリーフ,黒原敏行訳,ハヤカワ・ポケット・ミステリ1662,1996,1998――元恋人の婚約者で失踪した娘を捜す

 私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第11作目の作品。本作品の特徴は、元弁護士の普通の紳士的な私立探偵がコミュニケーションを武器に丹念に、依頼人の依頼に対して追っていくところでしょう。舞台は裏社会との関わりもなく、ある意味において、非常にリアリティがあります。本作は、それが体現されたものです。

 ――ほかにキャラクターについて、興味ある人はいるのでしょうけど、私は事件に強く感情的にコミットしない、プロの私立探偵としてのタナーに対して好ましく感じています。

 タナーの元秘書のペギーから、これから結婚する男の娘のペギーが失踪したので、差がしてほしいと言う依頼があった。タナーが調べていると、ペギーはヌードモデルをしていた。

  タナーは、ニーナの部屋から仕事関係、友人関係を丹念に辿っていき、中途でニーナの写真を撮っていたカメラマンが殺されます。これが、タナーが発見したのではなく、警察に聴取を受けたり、新聞報道で知らされるので、あまり緊迫感がありません。結局、ラストはあまり意外な展開ではありません。というわけで、ミステリ的には☆☆☆というところです。

 ただし、この時代の空気を知るには非常によいテキストです。たとえば、ペギーは脅されていたのですが、それはセックスシーンのアイコラによってでした。今では、アイコラの可能性が考慮され証拠になりえないのは普通ですが、当時はそのような技術が知れ渡っていないのですから、効力があったわけです。当時としては最先端だったのでしょう。

欲望の爪痕―私立探偵ジョン・タナー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

欲望の爪痕―私立探偵ジョン・タナー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

『職業、ブックライター。 ー毎月1冊10万字書く私の方法』上阪徹、講談社、2013

 本書は、著者にインタビューして、書籍の原稿を書き上げるブックライターの仕事についての本で、いかに質の良い原稿にするかが書かれています。

 このような仕事がなぜ必要とされるか、出版に携わらない方にはピンとこないかもしれませんが、書籍や雑誌のためにニーズのある原稿を集めるためには、必要なんです。この人の話は価値がある、と誰もが認める人がいるのに、自分のことなど価値がないと思っている人がいるんです。または、文章が書けない、文章を書く時間がない、そんな時間があるくらいなら、本業を増やしたいという人がいます。

 そんなのほっとけばいいのですが、質の良い、売れる商品を作りたい編集者や出版社がいます。そのようなときに必要なのです。

 自分の勤めているところでは、あまりライターにお願いすることがないので、どのような依頼をしたらよいのか分からなかったのですが、本書で依頼をするとしたら、どのようにしたらよいのかが、よく分かりました。

 例えば、一冊をもたせるためには、合計10時間のインタビューが必要であるとか。

 売れる本の仕事をしたい、というのは誰もが考えることかもしれません。しかし、実際には売れる本になるかどうかは、世に出てみるまでわからない、というのが、私の印象です。(78頁より)

 一般書は、そうなんですよね。まったく予測がつきません。ベストセラーの著者の第2弾ぐらいでしたら、通常より少し販売部数が上がるぐらいです(しかし、専門書はある程度、予測がつくんですよね)。

 また、フリーのライターの仕事論としても読むことが出来ます。フリーでは、営業しなくてはならないと思っていたのですが、きちんとした仕事をしていれば、仕事が舞い込んでくるとしているのは、興味深かったですね。

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法

 

 

『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕』ジョーゼフ・キャンベル, 倉田真木, 斎藤静代, 関根光宏訳,ハヤカワ・ノンフィクション文庫,1949,2015ーー脳内にさまざまな想像がかけめぐる

 『スター・ウォーズ』に影響を与えたとして知られるようになった論文で,神話において英雄はどのように航跡を辿るのかについて語られています。確か「イニシエーション」(通過儀礼)という言葉は、本書から生まれた(or広まった)ような気がします。私も書名を知ったのは大学時代である1990年代でしたが、同じ著者の『神話の力』を読んだので、無理に手に入れることはないだろうとスルーしていました。古本屋で見かけたこともありますが、上下巻が各2000円オーバーでしたので……。

 しかし今回、ハヤカワ文庫で文庫化されて、たまたま書店で立ち読みしたところ、「あれ? 想像していたのとは違う。面白いかも知れない」とすぐに購入しました。読み始めると、非常に具体的な内容で面白い。おそらく、私のように、本書を要約したものを読んで、読んだ気になった人は多いと思いますが、そういう人ほど読んでみて、「損はない」でしょう。

 帯のジョージ・ルーカスの「出会ってから30年というもの、この本は私を魅了し、インスピレーションを与え続けてくれている」というコメントは、まさしくその通りの内容だと感銘を受けます。

 読んでいると、さまざまなことが頭の中を駆け巡るため、読み飛ばすことができないのです。したがって、非常に時間がかかりました。とにかく本書を読んでいると、脳内にさまざまな想像がかけめぐり、ドーパミンが出ているのではないかと思うほどです。例えば以下のところ。

 これこそ神話の基本的なパラドクス、つまり二重焦点の逆接である。宇宙創生円環の始まりとまったく同じように、「神は関与しない」と言えるが、同時に「神は創造主であり、保護者であり、破壊者である」とも言える。ゆえにこの決定的な瞬間、すなわち一なる者が砕けて多数になるこのとき、運命は「たまたま起きる」が同時に「もたらされる」のだ。発生の源から通してみれば、世界は存在へと流れ込み、爆発し、そして霧散していくもろもろの形態の荘重な調和である。(下巻246頁より) 

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

『不良少女』樋口有介,創元推理文庫,2007――文体を変える

 柚木草平シリーズの短編集。「秋の手紙」(1995),「薔薇虫」(1998),「不良少女」(2001),「スペインの海」(2001)の4編が収録。表題作の「不良少女」は解決しないで唐突に終わったので驚いた。とはいっても,短編集としては,どの作品も愉しめる。

 樋口氏のあとがきで,前2作と後2作の間では文体を変えていると述べているので,どのように変えているのかなと読んだのですが,わからりませんでした。答えを読んで,あーなるほど,と思いました。これから読む人は,文体に注目するとさらに愉しめますぜ。といわけで,☆☆☆★といったところで,暇つぶしには最適です。

不良少女 (創元推理文庫)

不良少女 (創元推理文庫)

 

 

『最悪のとき』ウィリアム・P・マッギヴァーン,井上勇訳,創元推理文庫,1955,1960

 ウィリアム P.マッギヴァーンは第二次世界大戦後に活躍したミステリ作家で,主に悪徳警官ものが多いとされています。

 日本の翻訳ミステリは,戦後から本格的になりますが,最初は戦前から引き続き,クリスティ,クイーンなどの謎解きものから紹介されていきますが,たとえば『幻の女』のように謎解きでないため紹介されなかった,サスペンス,スリラー作家がどさっと翻訳されるようになります。

 アメリカのテレビドラマや映画と同じ種類のものなのでしょう。謎解きはマニアが好きなだけで一般人はむしろサスペンス,スリラー,警官もの,スパイものが受けるわけですから,こちらが翻訳物の主流になったように感じます。

 マイク・ハマーイアン・フレミングがベストセラーになったわけです。それにより,類似する作家群がたくさん紹介されたようです。

 マッギヴァーンはその時代に,同時代の警官もののミステリ作家として紹介された一人です。私は初めて読む作家で,もっと牧歌的なイメージをもっていたのですが,本書を読んで,あまりにも本格的な大時代的なハードボイルドの文体,悪徳警官の描写,ギャングとの抗争が書かれていて驚きました。

 その日は,第31番街署の刑事たちにとって,元同僚の刑事のスチーヴ・レトニックがやっていない殺人で逮捕されてから5年たち刑務所から出所する日だった。レトニックは警官の罠にかけられたのだった。出所したレトニックはジョー・ヴェントラ殺しの真犯人を捜すべく手がかりを求めた。ヴェントラは当時ギャング団の縄張り争いのまっただ中にいたギャングの手下だった。執念をもって真相を暴こうとするのだが……。

 とにかく,行動と会話の描写だけで物語の説明をしないため,映画のようであり,なかなかストーリーをつかませんでした。また翻訳もたとえば「君は,僕がヴェントラを殺したと信じているのか」(39頁より)というような高貴なる人物群のようは口調のため,それを頭の中で翻訳しながら読んでいたのでストーリーをつかむのに少々疲れました。というわけで,☆☆☆というところです。

最悪のとき (創元推理文庫 M マ 2-7)

最悪のとき (創元推理文庫 M マ 2-7)

 

 

『奇界遺産』佐藤健寿,エクスナレッジ,2010/『奇界遺産2』佐藤健寿,エクスナレッジ,2014

 著者はTBSテレビの番組の「クレージージャーニー」でゲストの一人です。この番組は毎回見ていて,このゲストの本って読みたくなりますよね。丸山ゴンザレス氏でも,他の冒険者でも。何でですかね。番組を見ていると,一部しか見せてくれない,もっと見たいのに,という気分にさせてくれるからですかね。しかし,本書も同じ感じがして,これだけではない,もうちょっと詳しくみたいな,という気分にさせてくれます。それは,また民俗学文化人類学,はたまた心理学などの領域なんでしょうね。 

奇界遺産

奇界遺産

 

  調べてみたら,ネット上では非常に評価されているHPで,いわゆるネット本の1つでした。第2弾が出版されたところをみると,第1弾でペイできるぐらいは売れたのでしょうか。編集者としては,ネット発の書籍でも成功した企画の1つとしても興味深いです。ネット発の書籍は販売が難しいんですよねえ……。 

奇界遺産2

奇界遺産2