ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『性犯罪者の頭の中』鈴木伸元,幻冬舎新書,2014

 著者はNHKのディレクターで、その番組取材をもとに書き起こした新書。正直言えば物足りないのですが、認知行動療法という性犯罪の対策が効果を上げている本書の報告を読む限り、「性犯罪は『ムラムラ』してではなく、『計画的』がほとんど」(47ページより)と報告していますが、それだけでタイトルの「頭の中」の半分ぐらいはきちんと言い当てているのではないかと思いました。それだけでも本書は目的を遂げており、良い内容といえます。

 読者としては、もう半分を知りたいところなんですけどねえ……。 

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』酒見賢一,文藝春秋,2017ーー孟獲戦は俺TUEEE系の元祖かもしれない

 酒見版・諸葛孔明の最終巻。益州南部の平定と北伐、そして孔明の死を記しています。とにかく面白いのですが、最初から比べるとちょっと真面目に語ってしまっています。

 本書を読むまで、孔明が戦下手だったというのは気が付きませんでしたね。それまでは負け知らずだったからなんでしょうけど、確かに北伐は不思議がつくほど成功していません。魏との大きな戦力差、蜀の人材の少なさが強調されていたので、ごまかされていたんでしょうかね。

 ところで、孟獲との戦いは読んでいる間中、「あれ、この安心感・爽快感は最近どこかで味わったことがあるぞ、どこだっけ」とハテナマークをつけていたのですが、あとから考えてみると、強者が弱者を徹底的にたたく、という意味で、これは俺ツエー系の元祖ですかね。その「どこか」は、たぶんネット小説を知っておこうと思って読んだ『転生したらスライムだった件』ですね。

 あと、孟獲戦といえば、傷追い人ですね。最後のほうで、孟獲戦のオマージュを繰り広げていたんですよねえ。あれも良かった。

 最後に、酒見先生には、二年に一冊ずつぐらい、テーマは何でもよいので、書いていただくことを切に願っています。

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

 

『“天才”を売る―心と市場をつかまえるマンガ編集者』堀田純司,KADOKAWA,2017

 若手からベテランまで8名のマンガの編集者のインタビュー集。どのように編集者として働いているかを語っていますが、いずれの編集者に共通しているのが、各々のスタイルは異なるということ。それじれが弱みや強みがあるし、特徴も異なるのだから、同じ言葉でも相手に届く内容は異なるものになるわけで、ようするに自分を知っている人たちなんだなと思います。

 面白いのは、ヒットを飛ばしたら、周りの人が自分の意見をきいてくれるようになった、ということ。これは私も同じ経験をしました。この人はさまざまな会社を転職した編集者で彼のインタビューがもっとも面白かったですね。インタビューでは謙虚なことを言っているかもしれないけど、実際は自信満々で自分が一番と思っているんじゃないかとか。 

 しかし、ライトノベルの世界でネット産のものがヒットを飛ばしているのをみると、ほかの世界も同じような気がします。編集者は必要ないとは思いませんが……。

 

『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』鈴木康之、日経ビジネス文庫、2008

 最近、文章についての本を少しずつ読んでいますが、その一つとして、古本屋で見かけたもので、まったく作者のことも知らなかったのですが、ほかの文章の書き方マニュアルと異なり、たくさんの広告・コピーを列挙することが特徴で、これが本書を読んでいると、文章の直し方というのか、文章は何のためにあるのか、そしてこんなもんでいいんだよと言われている気がします。

 でもエッセイなどではなく、コピーを考えるのに役立ちますね。とくに書籍の帯を考えるときに役立ちそうです。

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

 

『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦,宝島社文庫,1986,2014

 連城氏の比較的初期のミステリ短編集。「二つの顔」「過去からの声」「化石の鍵」「奇妙な依頼」「夜よ鼠たちのために」「二重生活」「代役」「ベイ・シティに死す」「ひらかれた闇」の9編が収録されていて、一つひとつが様々なトリックが仕掛けられていて、読み進めるのに時間がかかります。しかし、初出が1981~1983年で古い作品だから当たり前なのですが、登場人物が古臭く感じるのなぜなのでしょうか。風俗がまったく書かれていないからでしょうか。同時代のほかの作品と比較しても、登場人物の思考が古いような感じがします。トリックが複雑でよいのですが、そこが残念ですね。☆☆☆★というところです。 

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

 

『空が灰色だから 1~5巻』 阿部共実,少年チャンピオン・コミックス,2013

 『ちーちゃん』の他の作品を読みたいと購入したもの。ちなみに池袋の某大型書店には在庫がなかったのでネット購入です。難しいですね、なかなか。

 主に中学・高校生を主役にした短編集。作家の負担の大きい、人気をとれそうもない新人作家の短編の連載を少年週刊マンガ誌でやっていたことに驚きました。編集がこの作家の才能に惚れ込んでいたことがわかります。おそらく単行本でも売れるという確信はなかったはずです。

 『ちーちゃん』がある種文学的な内容でしたから、これも同じようなものかなと思っていたら、少年少女の過剰な部分、好きなこと、変なこと、心配していることなどをテーマにしていて、ギャグだったり、シリアスだったり、奇妙な話だったり、バラエティに富んでいました。

 

『ちーちゃんはちょっと足りない』阿部 共実,少年チャンピオン・コミックスエクストラもっと!,2014ーー少年少女時代のすでに忘れてしまったものを思い出させる

 ネット上で紹介されていて内容に興味をもったマンガで、ウィキペディアによると、「2014年に第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。宝島社『このマンガがすごい!』2015年版オンナ編の第1位作品」と評価されておりました。私はタイトルさえ知りませんでした。

 なんといったらよいのか、自分がすでに忘れてしまったものを思い出させてくれる作品で、主役のちーちゃんとナツはもとより、そのクラスメイトたちがどうだったか、どのように見られていたか、不安のなかで生きていたこと、自分が小さいころ、いつも足りていないことに不満をもっていたことに共感し、そしてこの作品のなかではアンハッピーエンドではなかったことに安堵しました。

 人に薦めたいけど、実際には人に薦められない、それでも勧めざるをえない貴重な作品です。個人的は、キャラクター論を考えてしまいます。ナツは人の弱さをもっていてめちゃくちゃリアリティがありますよね。