ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『ルポ 消えた子どもたちー虐待・監禁の深層に迫る』NHKスペシャル「消えた子どもたち」取材班,NHK出版新書,2015

 現代社会において「消える」というのはどういうことか、がわかります。映画の『誰も知らない』を想像していましたが、本書では主に自宅監禁されていた子どもたちのことをルポしています。どのような事例があるのか、件数はどのくらいなのかを示し、NHKのテレビ番組からのスピンオフ作品なので、虐待から救出された子どもに対して、粘り強くインタビューしており、相当なPTSDになっていること、社会復帰には大きな困難さがあることがわかります。本書では、その原因の親に対してインタビューできていないのが残念ですが、その原因は示唆されています。

ルポ 消えた子どもたち 虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書)

ルポ 消えた子どもたち 虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書)

『屍人荘の殺人』今村昌弘,東京創元社,2017ーー今まで読んだことのないミステリ

 「デビュー作にして前代未聞の3冠! 『このミステリーがすごい!2018年版』第1位、『週刊文春』ミステリーベスト第1位、『2018本格ミステリ・ベスト10』第1位」という評価にして、何十万部も売れているベストセラー、そして、ラジオで東京創元社の編集者さんが「売れている理由はわからないけど、今の時代の『十角館』みたいな位置づけなのかなあ、と社内で話している」というようなことを話していて、それで興味をもちました。また先に読んだカミさんの感想を聞くと「…………」と言葉少なになってしまったのもあります。アマゾンの評価もバラバラですしね。

 というわけで読んだのですが、途中までさまざまなトリックや犯人像を推理していたのですが、まったく当たらず。まさか、このようなトリックーー例えばエレベーターの中の殺人のトリックなどは当たりませんでした。犯人のなぜ、この時に殺人を行ったかという設定は上手いと思いました。

 また最初やラストシーンの意味が分からなかったのは、集中して読めなかったためでしょう。しかし、作者の「今まで読んだことのないミステリ」を提示するというのは、果たせてるような気がします。というわけで、☆☆☆★というところです。  

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

『悪いうさぎ』若竹七海,文春文庫,2004ーー私立探偵小説かと思わせた強烈なスリラー

 私立探偵・葉村晶シリーズの第2作目・第1長編。『さよならの手口』『静かな炎天』が明らかに私の好きな海外ミステリの影響を受けていました。

 2004年とずいぶん前の作品で、冒頭の葉村の心理描写がキンジー・ミルホーンの女探偵シリーズに似ています。

 中途は少しキャラクターの区別ができず退屈にでしたが、ラストの展開は、あのシーンでまさかのジェイムズ・マクルーア、ギャビン・ライアル、そしてディック・フランシスまで加わって強烈でした。サイコ的なのも素晴らしい。おそらく、このようなスリラーを意図的に目指していたのでしょう。もう少し謎解きミステリ的な要素が加わったら名作だったのに惜しい。というわけで、☆☆☆☆です。

 それにしても、現在、ギャビン・ライアルとディック・フランシスが忘れ去られているように思います。謎解きでも私立探偵小説でも本格的な冒険小説でもなく、継いでいる作家がいないからでしょうね。 

悪いうさぎ (文春文庫)

悪いうさぎ (文春文庫)

スティーム・ピッグ (1977年) (世界ミステリシリーズ)

スティーム・ピッグ (1977年) (世界ミステリシリーズ)

もっとも危険なゲーム (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

もっとも危険なゲーム (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-2))

『 テヘランからきた男―西田厚聰と東芝壊滅』児玉 博,小学館,2017ーー東芝はなぜ凋落したか

 元東芝社長についてのノンフィクション。新聞か何かの書評で気になって手に取りました。私は企業物や経済物などのビジネス書については、まったくの門外漢なので、東芝はアメリカの原発企業を高値で買い取って大いなる負債を抱えて倒産しそうになったところを半導体部門などを売って、どうにかこらえたというぐらいしか知らず、東芝というのはどういう企業だったのか、大企業の論理はどういうものであるのか、という基本的なところから非常に面白かったです。

 ノートパソコンの第1号が東芝で日本でなくヨーロッパで売れた、それを西田氏の営業の才覚で成し遂げ、30歳過ぎて入社にもかかわらずトップまで昇りつめたというエピソードから、なぜ原子力エネルギーに手を染めたのか、買収したアメリカの企業をコントロールできなかったことから、東芝の凋落の原因の一つであること、また、モノづくりの現場にいる人が社長になることがあることも興味深かったですね。

 ノンフィクションそのものの評価としては、いいのか悪いのか判断できません。一気に最後まで読んでしまったのですから、よいのでしょうね。ただ素材がよかったという気がしますが、それも含めて著者の評価でしょう。 

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅

『爆走社長の天国と地獄―大分トリニータv.s.溝畑宏』木村元彦,小学館新書,2010,2017ーーやはり間違っていたのではないだろうか?

 一言でいえば傑作です。Jリーグに興味をもっている人には必読というか、一気に読まされてしまうだろうと思います。

 読んでいて始終感じたのは、やっぱり溝畑氏のやり方は間違っていたのではないだろうか、という問題というか、違和感です。

 「物事」を成し遂げるために、このようなやり方があるのもわかるし、やってしまうのもわかります。そしてそれを評価する人も、評価しない人も、利用している人も、嫉妬している人もいることがわかります。ネガティブな結果を招く可能性が高いのだから、説明しなかったでしょうか。

 とまあ、いろいろ考えさせるノンフィクションです。

『完全恋愛』牧 薩次,小学館文庫,2008,2011ーー2009年度「本格ミステリ大賞」受賞作

 辻真先氏の謎解きミステリ。2009年度「本格ミステリ大賞」受賞作で、2009年「このミステリーがすごい!」第3位、2009年「本格ミステリ・ベスト10」第3位。

 タイトルは「他者にその存在さえ知られない罪を/完全犯罪と呼ぶ/では/他者にその存在さえ知られない恋は/完全恋愛と呼ばれるべきか?」(p3より)という遊び心から。

 柳楽糺(なぎらただす)という洋画界の巨星の子どものころから死まで起こった3つの殺人事件の物語。

 謎と伏線が交互に複雑に織り込まれていて、非常にリーダビリティが高く一気に読み通すことができました。謎そのものは半分はわかり、半分は外れ。というわけで、☆☆☆★というところです。

 でも、内容を十分に理解できなかった気がします。「あれ、これで終わり? 第1の犯人が捕まっていないじゃん」と、第1の犯罪の逮捕された犯人は最後まで誤認逮捕だと思っていましたからね。

完全恋愛 (小学館文庫)

完全恋愛 (小学館文庫)

『職業としての小説家』村上春樹,スイッチ・パブリッシング,2015ーー小説と小説家にまつわる話

 僕は村上春樹氏の小説を昔はたくさん読んでいましたが、いつしか手に取らなくなってしまいました。『中国行きのスロウ・ボート』『カンガルー日和』『回転木馬のデッド・ヒート』などの初期短編集なんかは、大学のころ何度も読んだものもあります。『羊をめぐる冒険』を最初読んだとき、「この感動は以前経験しているな?」と疑問をもって、しばらくして『長いお別れ』ではないかと確信して、それを指摘している評論はなかったか探した覚えがあります。それは謎解きミステリの謎を明かすようなものですから誰も書かなかったのかな、と当時結論づけました。

 本書ではその二つの作品の関係を述べているところがあります。それにしても『長いお別れ』の魅力って何なんでしょうか? 男同士の友情では決してないんですよね。やはりそれをうまく取り入れたのが『羊をめぐる冒険』のような気がします。人間って時間とともに変わるものであって、それでいいんだと言っているような気がするんですよね。

 本書は、小説家にまつわるエッセイ集です。本人のあとがきにも書かれているように、今まで他の媒体で書かれていたことを改めて詳しく的確にしたような感じがします。そんななかで本書で興味深かったのは、村上作品がどのように翻訳されていったかです。かなり意図的にこのようにしたいと思って、編集者や出版社でなく作家本人が一人で行動して翻訳出版を依頼した経緯が書かれています。

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))

長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))