レイモンド・チャンドラーの長編5作目の作品で、村上春樹の新訳版。旧訳の『かわいい女』はずいぶん昔に複数回読んでいます。新訳はこんなに長かったかなと思うくらいページ数が増えている。『かわいい女』は薄かったからね。それでもストーリーはまったく覚えていません。
今回読んでみて、匿名電話でホテルに呼び出されたマーロウが、ホテル探偵と会話してるところは思い出した。ホテルの一室に呼ばれる探偵というエピソードはエラリー・クイーンでもあったような気がする。よくあるシチュエーションなのかもしれない。
とても複雑なプロットとストーリーで、読者として、マーロウの言動に振り回されてしまう。新鮮ですらあり、非常に面白い。
マーロウの減らず口も不自然なほど際立っていて、犯人像もいかにもな感じがして、プロットの歪さ、ストイックさも含めて、ザ・ハードボイルドといってもよい作品だ。これをリアリティある物語として読むには、コメディとしてとらえたほうがよいかもしれない。
先日のアガサ・クリスティでも思ったけど、後頭部にナイフやアイスピックで刺したりして、けっこう簡単に人を殺しているのに驚く。
本作はマーロウの行動というか動作がけっこう細かく描写されている。新しい舞台やシーンになるとマーロウはかなり詳しく描写する。まるでクラシックな謎解きミステリ並みである。
私の耳の中で電話が切れた。私は受話器を置いた。わけもなく、鉛筆が一本机の上から転がり落ちて、机の脚の下にあるガラスの何かにあたり、芯の先が折れた。私はゆっくりかがんでそれを拾い上げ、窓枠の端にねじ止めしたボストン型鉛筆削りで時間をかけて丁寧に削った。きれいにむらなく削るように鉛筆を回転させた。その鉛筆を机の上のトレイに置き、手についたほこりを払った。時間ならいくらでもある。窓の外に目をやった。何も見えない。何も聞こえない。(75頁より)
本作は、チャンドラーがハリウッドでビリー・ワイルダーといっしょに脚本を書いていて、心身が疲弊していたとはいえ、このへんの行動描写は映画脚本の影響に思える。
いま新作として翻訳されたら、ランキング上位あるいは一位になるのではないか。全編にわたってマーロウがキビキビ動いている。
タイトルも『かわいい女』より『リトル・シスター』のほうがよいと思う。このタイトルの意味が出てきたシーンでは思わず唸ってしまった。
というわけで☆☆☆☆というところである。うーん、作家としてのストイックさにレベルが違うなあ。