ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『フロスト始末』R・D・ウィングフィールド, 芹澤 恵訳,創元推理文庫,2008,2017ーー凄腕の専門職役人はいつも面白悲しい

 フロスト警部シリーズの最終巻です。これまでのシリーズと同様に楽しめました。

 このシリーズってフロスト警部のキャラクターに強く寄っている思うのですが、フロストの魅力って、いったいなんでしょうねえ。日本の警察物にはあまり見られないんですよねえ。これぞオッサンの魅力というか。フロストはスキナー警部やマレット警視に好かれていないけど、まあまあ事件に対しては真摯で解決するし、部下としてままあ自分のいうことを大人しくきく。しかし、警察内部の書類の提出や費用については全くだらしがなく、ごまかしてしまう。したがって出世はできない。つまりフロストは上には好かれていないけど、「専門職としての凄腕の刑事」であるということなんでしょうねえ。だからフロストが無茶を言っても部下はしぶしぶだけど言うことを聞くわけで。部下に対して勤務時間無視の命令をするときは、フロストもマレットも変わらいわけで。まあ部下の業績をそのまま分捕るようなことはしないわけですが。このへんのさじ加減が実にうまいですよね。サラリーマンの心にしみます。

 本書ですが、人間の足遺棄事件、連続強姦事件、少女の強姦殺人、スーパーマーケットへの脅迫事件、別の少女の行方不明など、複数の事件が偶然か必然かフロストは事件によっては嫌な気分を残しつつも、犯人逮捕に向かっていきます。この交通整理が見事と思いつつ、ちょっと偶然が過ぎていないとも感じる。というわけで、自分としては『クリスマスのフロスト』ぐらいにもう少し描写を削ってもいいんではないか、と読みながら思ったところで、☆☆☆☆というところです。このキャラクターの書き方を知るためにも読むこと必須ですね。 

フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)

フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)

 
フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)

 

 

『性犯罪者の頭の中』鈴木伸元,幻冬舎新書,2014

 著者はNHKのディレクターで、その番組取材をもとに書き起こした新書。正直言えば物足りないのですが、認知行動療法という性犯罪の対策が効果を上げている本書の報告を読む限り、「性犯罪は『ムラムラ』してではなく、『計画的』がほとんど」(47ページより)と報告していますが、それだけでタイトルの「頭の中」の半分ぐらいはきちんと言い当てているのではないかと思いました。それだけでも本書は目的を遂げており、良い内容といえます。

 読者としては、もう半分を知りたいところなんですけどねえ……。 

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』酒見賢一,文藝春秋,2017ーー孟獲戦は俺TUEEE系の元祖かもしれない

 酒見版・諸葛孔明の最終巻。益州南部の平定と北伐、そして孔明の死を記しています。とにかく面白いのですが、最初から比べるとちょっと真面目に語ってしまっています。

 本書を読むまで、孔明が戦下手だったというのは気が付きませんでしたね。それまでは負け知らずだったからなんでしょうけど、確かに北伐は不思議がつくほど成功していません。魏との大きな戦力差、蜀の人材の少なさが強調されていたので、ごまかされていたんでしょうかね。

 ところで、孟獲との戦いは読んでいる間中、「あれ、この安心感・爽快感は最近どこかで味わったことがあるぞ、どこだっけ」とハテナマークをつけていたのですが、あとから考えてみると、強者が弱者を徹底的にたたく、という意味で、これは俺ツエー系の元祖ですかね。その「どこか」は、たぶんネット小説を知っておこうと思って読んだ『転生したらスライムだった件』ですね。

 あと、孟獲戦といえば、傷追い人ですね。最後のほうで、孟獲戦のオマージュを繰り広げていたんですよねえ。あれも良かった。

 最後に、酒見先生には、二年に一冊ずつぐらい、テーマは何でもよいので、書いていただくことを切に願っています。

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

 

『“天才”を売る―心と市場をつかまえるマンガ編集者』堀田純司,KADOKAWA,2017

 若手からベテランまで8名のマンガの編集者のインタビュー集。どのように編集者として働いているかを語っていますが、いずれの編集者に共通しているのが、各々のスタイルは異なるということ。それじれが弱みや強みがあるし、特徴も異なるのだから、同じ言葉でも相手に届く内容は異なるものになるわけで、ようするに自分を知っている人たちなんだなと思います。

 面白いのは、ヒットを飛ばしたら、周りの人が自分の意見をきいてくれるようになった、ということ。これは私も同じ経験をしました。この人はさまざまな会社を転職した編集者で彼のインタビューがもっとも面白かったですね。インタビューでは謙虚なことを言っているかもしれないけど、実際は自信満々で自分が一番と思っているんじゃないかとか。 

 しかし、ライトノベルの世界でネット産のものがヒットを飛ばしているのをみると、ほかの世界も同じような気がします。編集者は必要ないとは思いませんが……。

 

『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』鈴木康之、日経ビジネス文庫、2008

 最近、文章についての本を少しずつ読んでいますが、その一つとして、古本屋で見かけたもので、まったく作者のことも知らなかったのですが、ほかの文章の書き方マニュアルと異なり、たくさんの広告・コピーを列挙することが特徴で、これが本書を読んでいると、文章の直し方というのか、文章は何のためにあるのか、そしてこんなもんでいいんだよと言われている気がします。

 でもエッセイなどではなく、コピーを考えるのに役立ちますね。とくに書籍の帯を考えるときに役立ちそうです。

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

 

『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦,宝島社文庫,1986,2014

 連城氏の比較的初期のミステリ短編集。「二つの顔」「過去からの声」「化石の鍵」「奇妙な依頼」「夜よ鼠たちのために」「二重生活」「代役」「ベイ・シティに死す」「ひらかれた闇」の9編が収録されていて、一つひとつが様々なトリックが仕掛けられていて、読み進めるのに時間がかかります。しかし、初出が1981~1983年で古い作品だから当たり前なのですが、登場人物が古臭く感じるのなぜなのでしょうか。風俗がまったく書かれていないからでしょうか。同時代のほかの作品と比較しても、登場人物の思考が古いような感じがします。トリックが複雑でよいのですが、そこが残念ですね。☆☆☆★というところです。 

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

 

『空が灰色だから 1~5巻』 阿部共実,少年チャンピオン・コミックス,2013

 『ちーちゃん』の他の作品を読みたいと購入したもの。ちなみに池袋の某大型書店には在庫がなかったのでネット購入です。難しいですね、なかなか。

 主に中学・高校生を主役にした短編集。作家の負担の大きい、人気をとれそうもない新人作家の短編の連載を少年週刊マンガ誌でやっていたことに驚きました。編集がこの作家の才能に惚れ込んでいたことがわかります。おそらく単行本でも売れるという確信はなかったはずです。

 『ちーちゃん』がある種文学的な内容でしたから、これも同じようなものかなと思っていたら、少年少女の過剰な部分、好きなこと、変なこと、心配していることなどをテーマにしていて、ギャグだったり、シリアスだったり、奇妙な話だったり、バラエティに富んでいました。