ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『ミラクル・クリーク』アンジー・キム,服部京子訳,ハヤカワ・ミステリ,2019,2020

 作者は11歳でアメリカに移住した韓国人で弁護士で,本作はデビュー作。弁護士らしく法廷もので,エドガー賞アメリカ探偵作家クラブ賞),国際スリラー作家協会賞,ストランド・マガジン批評家賞の各最優秀新人賞を受賞した作品。

 ストーリーは,韓国人の移民の夫婦が営む酸素治療施設「ミラクル・サブマリン」は自閉スペクトラム症ADHD脳性麻痺などの発達障害に対して高気圧酸素療法を行っている。そこで酸素タンクが爆発し火災が発生し,二名が死亡,四名が重傷を負ったが,事故だと思われた事件が放火ではないかと疑いが生じ,その一年後裁判が始まった。被告は焼死した少年の母親だったが,その母親は否定していた。いったい故意の火災なのか?

 シンプルな事件であるが決定的な証拠がないため,検察側は状況証拠を積み上げていって被告が犯人ではないかと訴える。法廷ものはそのようなものだけども,そのため非常に長くなっていて,読んでも読んでも終わらない感じがして読者としては疲れる。

 構成は,一人ひとりの事件の関係者がかわるがわる法廷で証言を行うため,さまざまな視点で語られ,読者は少しずつ真実に近づいていくのだが,検察側の法廷戦略がうまくはまって,読者としてはもどかしく感じる仕掛けになっている。

 本作は,スコット・トゥローが絶賛したらしいが,解決の流れがトゥローに似ていて,トゥローはあまり読者とのフェアを重んじないので,私としては好ましくない。というわけで,☆☆☆★というところである。法廷ものとしても中途半端な感じがする。決して悪くはないが世評ほどではない作品といった位置づけだ。

 またこの作家は,ミステリにあまり興味がないように感じた。検事も弁護士も探偵ではないのだ。アーヴィングなどの文学に進むのではないか。

 私にとって興味深かったのは,このような障害に対する代替療法がいまだにアメリカにあるということだ。本作では,キレーション療法,MMS療法などが紹介されている。キレーション療法などは,昔は頭痛など他の疾患に対して行っていたと思う。それが治療不可の困った人を食い物にして生き残っているのだ。本作はこれを糾弾するのがテーマではないが。

 それにしても本作の治療は,不妊治療も兼ねているのだけど,そのメカニズムはどうなっているのか,まったく理解できなかった。

 もう一つ,これは早川書房について注文だけど,医学用語などの専門用語をきちんと翻訳してほしい。なぜ専門家にチェックさせないのだろうか。発達障害の用語はきちんと調べているようで正確だったけれど,理学療法作業療法をきちんと翻訳しているのだから,スピーチセラピーは言語療法としてもよいのではないか。