ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『あの子の殺人計画』天祢 涼,文藝春秋,2020ーーこういう犯人像を謎解きミステリにもってくるのは難しい

 『ハヤカワミステリマガジン ミステリが読みたい! 2021年度版』で7位,『このミステリーがすごい!2021年度版』で16位の作品で,かなりの評価を受けているといっていいでしょう。書店で手に取ったとき,全部で276頁という薄さに読む気になりました。短い長編ですね。あまり小説を読む時間がとれない人にはちょうどいいですね。

 作者の天祢涼氏はまったく知らなかったのですが,2010年デビューだから,まったくの新人作家というわけではないけど,ベテランでもないということでしょうか。前作が本屋大賞でいいところまで評価されていますから,編集者や書評家,マニアに知られた遅咲きのブレイク寸前の作家ということでしょう。

 作風は,この独特の文体は折原一氏に似ていて,展開はヘレン・マクロイを思い起こさせますーーヘレン・マクロイといえば,最近『続・幻影城』をパラパラと読んでいるのですが,トリックや同期の分類の例に挙げられていたのに驚きました。

 ストーリーは,小学5年生の椎名きさらは,母親の椎名綺羅にネグレクトやしつけと称する虐待を受けていたが,虐待を疑った教師などの周囲の人々には,ばれたら母親から叱られるので隠していた。さらに,きさらは,ネグレクトによる不潔さから,同級生にいじめを受けてしまうーー。

 そんなとき,JR川崎駅近くの路上で,風俗店のオーナーが刺し殺された。警察は,殺人の目撃者によって描かれた似顔絵から,かつてその風俗店に勤めていた椎名綺羅を疑う。しかし椎名綺羅には,きさらによるアリバイがあること,きさらが協力的でないことから,捜査が難航してしまう。

 きさらへの虐待は次第にエスカレートしていくのだが,いじめなどを見ていた同級生の男の子が虐待を受けているんだと告げる。それにより,自覚症状が目覚めたきさらは,母親さえいなくなれば,いい里親に出会うことができ,同級生と同じような生活ができると思い込み,男の子といっしょに母親の椎名綺羅への殺人計画を立てるのだが……。

 何となく,こういうトリックなんだろうな,と考えながら読んだのですが,中途で否定されてしまったけど,やはりそれ系統だったか,という感じで,最後はしっかり作者にやられてしまいました。

 こういう犯人像,こういうテーマを謎解きミステリにもってくるのは難しいと思うのですが,しっかりやり遂げているところが素晴らしいと思います。どんでん返しも効いているし,クライマックスもカタルシスがあるというわけで,☆☆☆☆です。 

あの子の殺人計画 (文春e-book)

あの子の殺人計画 (文春e-book)